株式会社 旅籠屋の英語表記名は、Hatagoya & Company です。
株主や取引き関係者を含め、夢や志を共有する仲間たちの会社でありたいという願いを込めていますが、こういう思いを実感している社員は少ないかもしれません。
創業以来のモットーは「シンプルで自由な、旅と暮らしをサポートする」です。しかし、もっとも重要なのは、これを「利益の最大化」や「社会の多数派の常識」や「形式的なコンプラ(法令遵守)」よりも上に置こうという意志や覚悟です。
モットーそのものは一見平凡ですが、その背後に隠れている意志や覚悟は非凡です。そこに「旅籠屋らしさ」の本質があることが伝わっているか確信が持てません。
そもそも何らかの目的を実現するためには、何かを犠牲にしたり諦めたりしなければなりません。日々は判断と取捨選択の連続であり、その際の優先順位の有り様こそが個性でありアイデンティティの源泉なのだと思います。個人においても法人においても。
これはビジネスの教科書で学べることではなく、もっと奥底にある何のために存在しているのか、何をしたいのかという情念から導かれるものです。
個人であれば、答えなど無くても生きていけます。しかし、創業者にとって会社は自分が意図して生み出したものですから、目的や理由を見失っても存在していけるというのは、情けなく悔しく無責任なことです。
私がなにより嫌いなのは、断片的で小手先でその場逃れの浅薄な意見です。いわく「儲けを増やさなきゃ企業じゃない」「他の会社はこうしている、世間の流れはこうだ」「法律がこうなっているから仕方ない」。
そんな了見だったら、日本初のMOTELチェーンなど誕生しなかったし、人口の少ない地方への店舗展開など実現させなかったし、リピーター6割、直接予約8割という結果も生まなかったに違いありません。
考えてみたら、これは生みの親である創業者のこだわりであって、後継者にとっては、企業が存続し拡大するのであれば何が問題なのか、ということになるのかもしれません。こうして意志や覚悟は忘れられ、DNAは途絶えていきます。魂を伝え、共有し、そういうHatagoya & Companyを後世に残したいと思うのですが、これは不可能なことなのでしょうか?
ところで、旅籠屋に制服というものは存在しません。ただ、コーポレートカラーである山吹色にロゴマークをプリントまたは刺繍したTシャツ、ポロシャツ、フリースがあり、全社員に支給しています。
スタッフであることをお客様に示す意味を伝えているので、店舗では多くの支配人が着用しているようですが本社で常用しているは私だけです。通勤中に恥ずかしいという気持ちがあるのか、個性を損ねると感じているのか、旅籠屋の一員であることを誇らしく思っていないのか、心の中を覗いてみたい気がします。
たまに見かけるとHatagoya & Companyの思いが通じているようで、とても嬉しく感じていることを、ここで告白しておきます。



