「忘年会」「新年会」とは縁のない私だが、正月に高校時代の友人たちと会うのは恒例。昨夜は仕事で知り合った知人とほぼ1年ぶりに3人で集まったが、もしかするとこれも恒例になるかもしれない。気の置けない人たちなので楽しい。5年10年後には、どんな話しをしているのだろう。「最近、旅籠屋日記が月記にもなっていない」とお叱り(?)をいただいたので、何か書いてみようか。
「最近アタマにきたこと」が話題になったが、そうそうひとつ言い忘れていた。毎日のようにかかってくる投資勧誘の電話。主として商品先物取引の誘いなのだが、これは不愉快だ。「運用する資産なんてありませんから」と断るのに「いぇいぇそんな謙遜を」と返してくるからアタマに血が上る。「小なりと言えども社長だから多少の金はあるのだろう」という「オヤジくさい常識」もイヤだが、ホント金のない現実に思いが行って情けなさで腹が立ってくる。人が忘れようとしていることに触れるなよ。
大企業で働いている高校のクラスメートと比べたら年収は半分以下かもしれないが、そんなことはどうでも良い。自分で会社を興し、やりたい仕事をしているのだから、銭金に換えられない満足感や充実感を得ているし、将来の楽しみもある。でも問題は今現在の絶対的な不足、どうしても毎月の家計が赤字になって、まったくゆとりがないことなのだ。
私は酒を飲まないし、打たないし(たまの宝くじとtotoくらい)、もちろん買わないからホント品行方正のつつましい暮らしぶりなのだが、故あって扶養控除がないせいか天引きされる税金や保険料が高くて手取り収入が低い。そこから生命保険料を払い、かつて会社の株を買ったときの借金を返し、加えて子供たちの学費がある。この春からは下の息子も大学進学なので、また国金の学資ローンの返済が増えることになる。何だか貧乏を自慢するみたいで品が悪いのだが、やっぱりたまにはバーンと無駄遣いできるゆとりは精神を健康に保つのに必要なゆとりじゃないだろうかと心底思う。あー長年の欲求不満でどんどん下品になっていく。
とは言え、私の部屋には通販で衝動買いした腹筋トレーナー(3種類もある)やスチームクリーナーやほとんど使っていないDTMソフトや飾り物のギターがあったりするから無駄遣いがないとは言えないのだけれど、それくらいは許してよ。これでも、年老いた両親と食事に行った時は私がご馳走すべきじゃないか、誕生日プレゼントくらいはずみたい、たまには海外旅行に繰り出したい、と心の底では思っていて、肩身の狭い思いをしているんですよ。少しは見栄を張りたい。
まぁしかし、金がないと言っても、幸い両親が健在で多少の蓄えもあるようだから、気持ちのどこかで甘えている部分がある。相撲の土俵の「徳俵」という感じ。昔々フリーターやって一人暮らししてた時の「切羽詰った貧乏」とは違う。しかし、この歳なら親の生活費を負担するのが筋じゃないの・・・って考えていたら気持ちが暗くなってきたので、この話しはもうおしまい。
まぁいいさ、そのうち、有り余るお金の使い道に悩む話でも書くさ。しかし、もしかするとそんな話しの方がずっとずっと暗い?



