「ファミリーロッジ旅籠屋」の「総合ガイド」の冒頭に、「旅は、自由。」と題して、以下のような文章を載せています。


 気兼ねなく、好きな時に、好きな所に行ける。
 当たり前のことのようですが、今世界中で、こんな自由に恵まれた人々がどれだけいるのでしょう。ほんの一部に違いありません。
 心と体の健康、ある程度の経済的ゆとり、車社会のインフラ、個人を大切にする平和で安全な社会。
 これらの条件がそろわないと得られないことだからです。
 50年前はどうだったのでしょう。50年後はどうなるのでしょう。
 長い長い歴史の中で、無数の人たちがあこがれ、願い、ようやく手にした夢のような時代と場所に私たちは生きています。


当社では、新入社員研修の中で、必ずこの文章を読み上げながら会社のポリシーを説明します。
しかし、「50年前はどうだったのでしょう。50年後はどうなるのでしょう」という問いかけに対し、つい数か月前までは「?」という反応が通常でした。
今あるものは昔から当たり前にあり、これからも続いていくはずだ、そのように考えてしまう人が多いのです。


過去を振り返ってみても、誰もが気軽に海外旅行に出かけられるようになったのは、つい数十年くらい前からのことなのです。
例えば、査証(ビザ)、つまり入国許可証。
ご存知の通り、本来、他の国へ渡航する際、その国が発行するビザの発給を事前に受けなければなりません。
これを省略してパスポートだけで他国に入国できるのは、ビザ免除の取り決めがなされている場合だけなのです。
私が初めてアメリカに行ったのは1987年12月のことでしたが、その時は、事前にアメリカ領事館にビザ発給の申請を行った記憶があります。
調べてみたら、日本人に対して90日以内の観光や商用旅行についてビザ免除が認められたのは、ちょうど1年後の1998年12月からのことだったようです。
ちなみに、1年ほど前、日本のパスポートが世界一強くなった、つまり、日本がビザなしで最も多くの国(約190か国)へ渡航できる国になった
というニュースが報じられていました。


そして、現在と未来についてです。
数か月前には想像もできなかったことですが、今、世界中の国々が鎖国状態で、原則他の国へ旅行することができなくなっています。
加えて、 国内でも県をまたぐ不要不急な旅行は自粛することが要請されいます。
「50年後」どころか、数か月も経たないうちに「気兼ねなく、好きな時に、好きな所に行ける」自由は失われてしまいました。


この不自由な状況については既視感があります。 1973年の第1次オイルショックの時のことです。
イスラエルとアラブ諸国による第4次中東戦争の影響で原油価格が急騰し、世界中がパニックになりました。
日本ではトイレットペーパーの買い占め騒ぎが有名ですが、それ以外にも以下のような出来事がありました。

  • テレビ深夜放送の休止。
  • デパートのエスカレーター運転中止。
  • 地下鉄照明の間引き。
  • ネオンサインの早期消灯。
  • 野球のナイターの開始時間の繰り上げ
  • これらは、節電による石油消費量の減少を直接ねらったことですが、あわせて、不要不急な娯楽は控えるべきだというキャンペーンがはられました。
    その結果、起こったのが、以下のようなことです。
  • ガソリンスタンドの日曜日休業。
  • 自動車メーカーによるモータースポーツからの撤退。
仕事なら良いが、マイカー旅行は自粛しよう、という呼びかけがメディアで叫ばれ、世論も同調、これを守らない人は自分勝手だと批判されました。
当時、大学生であった私は、こういう感情的な同調圧力に強い違和感を感じたことを覚えています。

このような状況がいつまで続いたのか、よく覚えていませんが、オイルショックが与えた影響はきわめて大きく、
経済は戦後初めてのマイナス成長となって高度経済成長が終焉、省エネ意識が高まっていきました。
すでに1960年代から公害問題など経済成長のひずみが顕著になり、「モーレツからビューティフルへ」というテレビCMが話題になったりしていたのですが、
多くの人の意識において楽天的な未来志向が冷め、根底から価値観が変化していったのはこのオイルショックが契機だったように思います。


話しは変わりますが、最近、高齢者がとかく否定的に語られることがあります。
自分たちの目先の利益ばかり考えて問題の解決を先延ばしにしてきた。そのツケを若い世代に背負わせている。
しかし、長く生きてきたことの財産もあります。それは、世の中のさまざまな様子を実際に体験してきたことです。


私は戦後生まれですが、それでも傷痍軍人や防空壕など、戦争の臭いを鮮明に覚えています。
そして、ほんとうに皆が貧しく、生きて行くのに必死だった様子。そのせいもあって公衆道徳に欠け、列を守らず、タバコやゴミを捨てる人が多かったこと。
国産品は粗悪で世界でバカにされていたこと、日本人は粗野で醜悪な「イエローモンキー」だと軽蔑されていたこと。
いっぽう、デモや騒乱が頻発し、先日の香港のような状況もあったこと、けっして政治や社会に無関心な時代ばかりではなかったのです。
中国人観光客の爆買いや東南アジア諸国のエネルギーあふれる様子は、 「エコノミックアニマル」と揶揄されていたかつての日本の姿です。
感染症の流行については、衛生状態がずっと劣悪だったし、情報も限られていたため、今回のコロナ禍ほどの騒ぎは記憶にありませんが、
小児麻痺(ポリオ)は身近でしたし、日本脳炎への警報もよく耳にしました。
あとは、1968年から1969年にかけて流行した 香港風邪 。調べてみたら、死者は世界で50〜100万人、日本でも2千人を超えたそうです。
未知のウィルスによるパンデミックですから、今回の新型コロナウィルスとまったく同じですが、死亡者は数倍も多かったわけです。


私を含め、 高齢者はこのように様々なことを体験しています。
ですから、新しい出来事に対しても耐性を持っているはずで、パニックにならず、冷静に判断して経験を活かさなければなりません。
若い人以上に感情的になったり、逆に個人的な達観に逃げ込んで無関心を装う人もいるようですが、それではいけません。
こんな時こそ、落ち着いて状況を俯瞰し、知恵を出すべきだと思うのです。


話しが本題から離れてしまいました。
考えなければならないのは、コロナ禍の中で、どう生きていくべきか、何を判断の基準にすべきかということでした。


生命の安全と個人の自由の選択を迫られれば誰でも前者を選ぶ、と誰かが言っていました。
ほんとうにそうでしょうか。
そもそも、こんな二者択一の設問に対して答えを求めることに問題があるように思います。
生きている限り病気や事故のリスクはあるし、社会生活を営む以上完全な個人の自由などというものもありません。
考えるべきことは、以下のことを短期と長期に分けて整理してみることではないかと思います。


1.感染拡大抑制の目的は、医療崩壊の防止なのか、感染者を少なくすることなのか、死亡者を最小限にすることなのか。
2.経済的なダメージを最小化するために最適な方法とは何か。
3.従業員(施設の運営者)と、お客様(宿泊者)の感染リスクはどう異なるのか。
4.会社を存続させ、ダメージを最小化する方法とは何か。
5.そもそも宿泊施設が存在する社会的意義とは何か。


すっかり回り道してしまいましたが、まだまだ考えます。