1週間分の新聞をまとめて読んだ。「未知しるべ」(9/5 朝日新聞夕刊 内藤 廣)というテーマで書かれた興味深いエッセイをみつけた。その中で引用されている植物学者Kさんの発言に目が止まった。
「どうして日本人は、ヨーロッパの田園地帯の風景にあこがれるんでしょうねえ。植生的にはあれほど貧しい風景はないのに」
私自身、以前車窓に見たパリ郊外の田舎町の風景に心引かれていたから、「美意識を疑ってみよう」という副題は目に痛かった。雑木林と雑草が繁茂する日本の自然の方がずっと豊かだというのだ。
自然とは違うが、私の中には伝統的な文化や景色との調和など考えもせず、無秩序な破壊と増殖を続けているような日本の街並みに対する嫌悪感がある。しかし、これも混沌とした多様性という目で見れば、ずっと豊かな風景ということになるのだろうか。
新聞紙上では、相変わらず金融不安の記事が騒がしい。不透明で曖昧な日本の社会。それに比べ、オープンでフェアなアメリカがすがすがしく、潔い社会のように見えてくる。多様な人種、多様な文化の中で磨き上げられてきた、自由市場という合理的な価値交換のシステム。基本的に日本もこういう方向に進むべきだと私は感じていた。
しかし、フランス人やドイツ人の多くは市場のメカニズムにすべてをゆだねることに懐疑的らしい。人々の尊厳や文化を守っていくためには人為的な調整が不可欠という考え方らしい。
今までなんとなく信じていたことに寄りかかれなくなるのはつらい。人と「そうだよねー」と安易にうなずきあえなくなるのもつらい。経済システムなんて、私のような素人がいまさら自分なりの意見を持つには難しすぎるテーマのように見えて、無力感にとらわれそうになる。でも、この問題抜きに21世紀の世界観や価値観を語るわけにはいかないようだ。
「旅籠屋チェーン」も、そろそろ核心に迫る仕事に取り掛かる段階に来た。海図なき航海への船出は無上の喜びでもあるが、いろんなことを自分の頭で考えなければならないのは骨の折れることだ。



