今年の4月、本社の主要スタッフであったMくんが会社を離れた。
突然のことであり、引継ぎもままならなかったため、それ以降の半年間はほんとうに大変だった。
ガラス張りの小さな会社とはいえ、当人でないとわからないこともある。
出店やシステムの更新など、対外的な約束事をおろそかにするわけにもいかず、大きなストレスがかかったが、なんとか業務の停滞は避けられた。
特定の個人のスキルや記憶に頼るのではなく、情報を共有し、組織で対応できる仕組みを作らなければと痛感した次第である。
6〜7月は新店オープン準備、8月は決算作業、9月は株主総会、10月はオフィスの改装、そして新しいスタッフも増え、11月に入ってようやくひと段落である。


そんな時、 日本政策学校 から無料オープン講座の案内メールが届いた。
講義のテーマは、「特定秘密保護法と民主主義について」。講師は元毎日新聞記者・西山 太吉さんである。概要は、こちら
西山さん個人に関心があったので、土曜日の午後、私としては珍しく人の話しを聴きに出かけてみることにした。


日本政策学校は、 主義主張・政党を超えた自由な議論を通じて多様な民意が反映される「真の民主主義社会」を実現するために推進役となる政治リーダーを育成・輩出することを目的にしているそうで、20代と見える若い人たちも少なくなかった。受講者は100人くらいだったろうか。
還暦を過ぎた私の場合、沖縄返還交渉はリアルタイムの出来事であり、密約は半ば公然の秘密だった。 西山事件のこともよく覚えている。
今の若い人には信じがたいことかもしれないが、当時、激動する政治状況は雨の日に「傘がない」ことよりも身近で切実な関心事だった。


さて、最前列に座る私の目の前に現れた西山さんはすでに80歳を過ぎ、弱々しく小さく見えた。
しかし、生の経験談はさすがに説得力があり、時折力を込める言葉には迫力がある。
1時間の講演が終わり、周囲の人たちと意見交換タイムが始まった。
密約そのものへの驚き、アメリカという国のずるさに対する批判、交渉術の巧拙などについての発言があったが、私の心の中にはもっと別の疑問が浮かんでいた。
一言で言えば、個人と組織の関係について。
どんな組織であれ、組織として機能するためには一定の規律や守るべきルールが生まれ、必然的に個人個人の価値観や思いとは矛盾が生じる。
国家は、特殊性はあるもののひとつの組織には違いなく、秘密保護の問題は両者の本質的な矛盾をどうとらえるかに関わることに違いないと思ったのである。


意見交換の時間が終わり、西山さんへの質問時間が与えられたので、私はこの疑問をそのまま投げかけてみた。
「哲学的なテーマですね」という言葉に続き、誠実に答えてもらったが、短い時間で深められるわけもない。言葉のニュアンスを感じ取り、考えるヒントだけを受け取って講座は終了した。


振り返ると、私はずっと既成の価値観の押し付けや権威に逆らってきたように思う。「個人の自由」を大切にしたいという強い思いがあり、アメリカのMOTELのような宿泊施設を日本にも誕生させたいという願いも、間違いなくその延長線上にある。
しかし、会社を立ち上げ、店舗が増え、人が増えれば、それは間違いなく組織である。気がつけば、標準化の推進とかマニュアルの作成とか、組織を維持強化することが仕事の中心になっている。
人一倍「個人の自由」に執着している人間が、経営者としては社員ひとりひとりをルールに従わせようとしているわけだ。


Mくんは、半年間、ひとりで日本縦断の旅を続けているらしい。幸せな出会いがあり、屈託の無い交歓もあるに違いない。
しかし、その先にどんな世界が生まれるのか、私にはよくわからない。


個人の自由と組織の力、ほんとうに難しい永遠のパラドックスである。
西山さんの言葉から得たヒントをもとに、今も考え続けている。