先日、ある人に「ゴールデンウィークはいつからお休みですか?」と尋ねられた。なんとなくムッとしてしまい「休みなんか、ありませんよ」と答えた。「那須店」のオープン準備やら何やらで、フラストレーションがたまっていたのだ。簡潔すぎる答えを半ば冗談ととられたようだ。似たような質問を繰り返されたので、さらに語気強く言ってしまった。「自分で商売をやっているんですから、24時間、365日、休みなんてないですよ」。
言う必要のないこと、言っても理解してもらえないことを口に出してしまった。時候の挨拶程度の問いかけに、こんな過剰反応をしてしまうこと、それこそがここ数ヶ月の疲労の蓄積の証しだ。
最近、上も下も「ベンチャー、ベンチャー」と騒いでいる。新しいアイデアやビジネスが生れることは、世の中に活力を与えることだから、もちろん良い。既成の組織や生き方に安住せず自己責任で自分の世界を開拓していこうとするベンチャースピリットも素晴らしい。とくにこの日本においては。
しかし、これは総体的なマクロの話しであり、個別のミクロの場面を見れば、ベンチャーなんてけっして夢のような世界ではない。これらがゴチャゴチャになり、無数のバブルを生んでいるように感じられる。
そのことを詳しく述べる時間の余裕はまだないので、端的な言い方しかできないが、ベンチャービジネスを興す当人は孤独である。強制されなくても、睡魔に負けるまでは仕事をしてしまう。食事中も、入浴中も、いつも心のどこかで仕事の段取りのチェックをしている。
だから、「ベンチャー」に憧れ自己目的化しているような人は、おそらく挫折するだろうと思う。当然の困難に直面したとき、その困難そのものよりも、ちっとも幸せな気分になれないことに気づいて、意欲を失ってしまうだろう。悪魔との取り引き。心安らかな時間を売って得られたものの頼りなさに愕然とするだろう。
ベンチャースピリットにも耐久力の強弱がある。モチベーションの強弱と言ってもよい。既存のルールや仕組みの中で悪戦苦闘した結果としての起業なら、単なる憧れではない。世の中の現実にも無知ではないし、困難を乗り越える知恵や道具も携えているだろう。何より、バラ色の成功なんて夢見ていないから、自分なりの充足感をステップにして歩き続けていける。
ベンチャーなんて甘くない、なんて、どこにでもいるようなオヤジみたいな言い方はしたくない。世の中甘くないなんて言い方もしたくない。何もしないで愚痴だけこぼしているような連中よりは、ずっと人生に対して誠実な生き方だと思うからだ。
会社を設立して6年、ようやく「旅籠屋」が事業として成立する見通しが見えてきたに過ぎない私が偉そうに言うのも気が引けるが、20代のアントレプレナー達に言いたい。自分の本音を聞け、自分の本性を見よ、と。潰れて欲しくない。「那須店」がオープンして早1週間。ゴールデンウィークはほぼ満室。ほんとうに忙しかったが、今つかの間の安堵感を味わっている。世の中はオフモード。電話も来客も減り、ようやく溜まる一方だった仕事の山に取り掛かれる。ゆっくり仕事ができる。心安らか、と言っても仕事に集中できる幸せだ。でも、けっして苦痛じゃない。苦痛じゃないから、私には出来る。



