「犬」から一転して、仕事がらみで目に留まった言葉をいくつかご紹介します。
ビジネス本にあふれているような、なんともベタな文章ですが、日頃気にしていることなので見過ごせなかったのです。


すれ違う部下と上司   ( 引用元

部下のせいにする上司、上司のせいにする部下
わかってくれていると思う上司、わかって欲しいと思う部下
任せていると考える上司、押しつけられたと捉える部下
自分で考えて欲しい上司、具体的に教えて欲しい部下
叱っているつもりの上司、怒られているつもりの部下
うまくいっていると満足な上司、不満がたまっている部下
相手を責めても何も変わらない、どちらが先でもいいから歩み寄る


ボスとリーダーの違い  ( 引用元
・ボスは部下を追い立てる。
・ボスは権威に頼る。
・ボスは恐怖を吹き込む。
・ボスは私という。
・ボスは時間通りに来いと言う。
・ボスは失敗の責任を負わせる。
・ボスはやり方を胸に秘める。
・ボスは仕事を苦役に変える。
・ボスはやれと言う。
→  リーダーは人を導く。
→  リーダーは志、善意に頼る。
→  リーダーは熱意を吹き込む。
→  リーダーはわれわれという。
→  リーダーは時間前にやってくる。
→  リーダーは黙って失敗を処理する。
→  リーダーはやり方を具体的に教える。
→  リーダーは仕事をゲームに変える。
→  リーダーはやろうと言う。

山本 五十六 の言葉

やって見せ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば、人は動かじ
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず



元は江戸時代の米沢藩藩主・上杉鷹山の言葉をを改変したものらしいと付記されていました。


以上、いずれの文章も、上司だからといって、頭ごなしに命令したり、怒鳴ったりしてはダメだということを言っているわけですが、「新聞でよく見かけるきれいごとの正論だよ」という気もします。
当事者意識の低い、自分で考えない指示待ちの人間に対して、いつも我慢強く、待ち続けるというわけにもいきません。時には無性に苛立ってしまうのです。 そんなジレンマを抱えている時に見かけたのが、次の言葉です。


あるところに、すぐに怒り出してしまう少年がいました。

父親は彼に釘の入った袋を渡し、怒りが爆発するたびに柵の裏側に釘を打ち付けるように言いました。
初日の終わりには、少年は37本の釘を柵に打ち付けていました。


それから数週間、少年は自分が怒る瞬間を気に留めるようになり、打ち付ける釘の数は少なくなっていきました。


やがて少年は、柵に釘を打ち付けるよりも怒りを制御する方が簡単だということに気付きます。


そしてついに、少年が一度も怒らなかった日がやってきました。
そのことを父親に告げると、これからは怒り出さないよう自分を無事制御できた日に釘を引き抜いていってはどうかと言われました。


月日が経ち、ある日少年は釘を全部抜いたことを父親に伝えました。
父親は息子の手を引いて柵に連れて行きました。
父親は言いました。


よくやった。でも、柵に空いた穴を見てごらん。柵はもう二度と元通りにはならない。
憎しみに溢れた言葉を使うと、その言葉はこんな風に傷を残す。
相手の心を刃で突き刺して、引き抜くようなものなんだ。
どんなに謝ったって、その傷は消えない。
言葉には力がある。覚えておきなさい。


何かを言ってしまったとき、それは許されるかもしれない。
でも、忘れられはしない。


これは、仕事に限らず、すべての人間関係でも言えることかもしれません。反省。


最後に、「働かされる側?」からの言葉。
アメリカにおけるファストフードの位置づけと、そこで働く人たちの心情が率直に表現されており、なるほど、と思いました。


マクドナルドで4年間働いてわかったこと  ( 引用元


18歳から22歳までの4年間、私はマクドナルドで働いた。
もっといい仕事を見つけられなかったので、パートタイムとフルタイムで働き続けた。昇進もせずマネージャーにもならなかった。
大きなことを成し遂げたりもしなかった。
基本的に、私は典型的な怠け者のマクドナルド労働者だった。いいかげんで、愚かで、自発的に働こうなんて考えもしなかった。
マクドナルドで働いている人は怠け者、と世の中の人たちも思っていることも実感した。
マクドナルドで働いているんだと伝えると、両親や友達はがっかりした。「まだ、マクドナルドで働いているの?」「私だったら、絶対にあんな所で働かない」といった遠回しな批判や、「今日は仕事に行くのやめなよ(そんなの本物の仕事じゃないじゃない)!」といった彼らなりの励ましから、その事がわかった。
私自身も心の中で同じ様に思っていた。私はひどい労働者だった。動きは遅いし、不器用だし、自分の置かれた状況に腹を立てていた。マクドナルドで働くには、自分は優秀すぎると密かに思っていた。「こんな仕事、本当にくだらない! お金のために仕方なくやっているだけ」といつも自分を正当化していた。読書好きで優秀、知的な会話を楽しむ学生の私は、こんな意味のない肉体労働には向いてないと思っていた。
仕事は一向に上達しなかった。上達したくもなかった。
自分にとって何の意味をない仕事を、わざわざ努力して上達する必要なんてないでしょう?

でも数年が過ぎた頃、私の態度は変わり始めた。
自分の仕事にプライドを持ち始めたのだ。
マクドナルドの仕事は最悪でうんざりする。でも私自身や、友達、家族がマクドナルドで働くことに屈辱を感じていたのは、ハンバーガーを作るのが原因ではなかった。そうじゃなくて、それよりもっといい仕事に就けたはずだったから。


こう自問自答した。マクドナルドと他の仕事は何が違うのだろう? 自分の仕事はなぜ他の仕事よりずっと哀れに思われるんだろう?
大企業だから? そうじゃない。もしそうだったらスターバックスや(ディスカウント百貨店の)ターゲットで働くのだって恥ずかしいはず。
悪質企業っていわれているから? だけどH&MやGapも奴隷労働を批判されているでしょ。
ファストフードだから? でもチポトレ(メキシコ料理のファストフード・チェーン)の仕事には悪い印象はない。
知的な仕事じゃないから? いやいや、小売や受付の仕事は問題ないでしょ。
そして私は気が付いた。
マクドナルドは、他に何もできない人にとっての仕事なんだ。初心者レベルの仕事の採用ですら、私がマクドナルドで一緒に働いてきたような人たちを雇っていない。
マクドナルドでは、障害を持った人、太り過ぎの人、生まれつき魅力的とはいえないような人、英語をあまり喋れない人、十代初めの人、それに多様な人種の人たちが働いていた。彼らがマクドナルドを支えており、最も仕事ができる労働者として尊敬されていた。
これがスターバックスだったら、大半の労働者が私のような人だろう。20代前半の白人、そこそこ魅力的、スリムで英語を話す。
これが、私と私の周りにいる人たちがマクドナルドに対して持っていた偏見だった。
アパレルの仕事をすれば「良い」仕事に就いていることになる。
きちんとした環境で育った人は、努力しても仕事ができないような人たちとマクドナルドで一緒に働いたりはしない。


もしあなたが20代前半の白人女性だったら、マクドナルドで働いたら馬鹿にされる。でも障害を持った人や移民の中年女性にも同じことが当てはまるとは思えない。友達から「いつになったら、本当の仕事に就くの?」なんて笑われたりしない。マクドナルドこそが、彼らにとっての仕事だと私たちは思っているから。
マクドナルドの仕事は最悪でうんざりする。でも私自身や、友達、家族がマクドナルドで働くことに屈辱を感じていたのは、ハンバーガーを作るのが原因ではなかった。そうじゃなくて、それよりもっといい仕事に就けたはずだったから。マクドナルドで一緒に働いていた人たちより、もっと知的で、一生懸命働き、有能なはずだったからだ。「私にはもっとふさわしい仕事がある」。恵まれた環境で育った私は、そんな思い上がった気持ちを持っていた。
小売店で働いたり、受付係としてファイルを整理しているから、自分はマクドナルドで働いている人たちより優秀だと考えているなら、それは間違いだ。
そして私は気が付いた。こんな態度はフライドポテトをすくうよりも最悪だ。私はマクドナルドで働いている人たちより優秀じゃない。
確かに私は、彼らとは違うスキルを持っているかもしれない。私は筋力があるほうではないし、プレッシャーを感じると慌てることもある。だから肉体労働よりデスクワークの方が力を発揮できる。だからといって、マクドナルドの凄い従業員たちより、知的でスキルがあって価値があるということにはならない。
世の中には色々な仕事がある。社会で過小評価されている人たちが就いている仕事は、価値がないものに見られがちだけれど、それは違う。
真夜中にハンバーガーを買いにくるお客さんのために、時には20時間働く同僚ほど私はハードワーカーではない。
マネージャーからエンジニアにも早変わりする同僚ほど賢くもない。全ての機械の修理の仕方を学んだ彼は、壊れても修理を呼ばずに自分で直してしまう。
一週間に何千人のお客さんが来るかを予測して、材料を注文する人たちほどの計画性もない。もし失敗すれば上司から大目玉を食らうだけでは済まないということを、彼らは知っている。
ケチャップがないというだけで大声を上げたり、ドリンクを投げつけたり、人種差別的な中傷をするお客さんたちもいる。そんな人たちに対処できるほど忍耐強くもない。
これら全てが仕事のスキルなのだ。
小売店で働いたり、受付係としてファイルを整理しているから、自分はマクドナルドで働いている人たちより優秀だと考えているなら、それは間違いだ。
私にとって、マクドナルドで過ごした時間はとても貴重なものだった。
またフライドポテトをすくったり、ハンバーガーを作りたいとは全く思わない。でもそれ以上に大切な何かを学んだ。自分の横柄さを少しずつ減らし始めた。就いている仕事で人の善し悪しを判断することに疑問を持ち始めた。不愉快な大企業で働いているからといって、そこで働く労働者たちにも嫌悪感を抱くのを止めた。そして他人にもっと共感できるようになった。


マクドナルドで働いたことが履歴書の汚点になる?
私はそうは思わない。