待ちに待った2026年北中米大会が始まり、自宅にいる間はほとんどテレビの前にいる。1日24時間ではとても足りない。

歳を重ねていれば当然昔のことも知っているわけで、メキシコオリンピック(1968年)における日本代表の銅メダル獲得はリアルタイムで驚いた。
当時サッカーはマイナーなスポーツでその状況が長く続いていたように思うが、日本開催のアジアカップ(1992年11月)で初優勝したことでサッカー人気が急に盛り上がった。私もにわかファンの一人になった。
その後、Jリーグの開幕(1993年5月)に熱狂し、ドーハの悲劇(1993年10月)に絶望し、ジョホールバルの歓喜(1997年)で絶叫し、日本初出場のフランス大会(1998年)ではテレビの前にかじりついて声援を送った。
ちょうど、「ファミリーロッジ旅籠屋」1号店である「日光鬼怒川店」オープンから3年、チェーン展開に専念するため東京に戻ってきた頃のこと。汗びっしょりで引っ越した当日、ガスの開栓が間に合わず冷たいシャワーを浴びて開幕戦を見たのを覚えている。
あれから28年、日本は8回連続で本大会に出場しているが、フランス大会でのカズ落選への怒りや日韓大会(2002年)の初戦、スタジアムで体験した君が代の大合唱や得点時の歓声と興奮についてはこの「旅籠屋日記」に思いを書き込んでいる。

さて今大会、早朝4時に起きて応援したオランダ戦はドキドキだった。2度も追いついたのはさすがで、ひとりで大騒ぎした。
素人だし専門的なことはわからないが、素手で殴りあうようなバタバタした試合が多い中、日本もオランダも規律が保たれ落ち着いた雰囲気で見ごたえがあり、試合後の余韻も清々しかった。これは、強豪チームに共通しているように感じられるが、どうだろう。
それにつけても、恒例となった日本サポーターの試合後のゴミ集めは気持ちが良い。
加えて森保監督が試合後の記者会見で、ハンス・オフトをはじめとするオランダ人指導者への感謝を述べたのは素晴らしかった。いずれも日本人として心から誇らしく感じたことだ。
ちょうど天皇皇后両陛下がオランダ訪問中で「こんなタイミングで?」と案じていたが、国王夫妻と4人で仲良く観戦されたようで、引き分け後の笑顔が想像された。オランダへのリスペクトを示した監督のメッセージは両国の親善に寄与したに違いない。

私が子供だった頃、戦争に負けたこともあって日本人は貧しかった。みんな生き延びるに必死だったのだろう。街にはゴミがあふれ、目先の利益のためメイドインジャパンは粗悪品の代名詞だったし、利己的な競争も激しかった。貧すれば鈍するということかもしれないが、戦前から受け継がれていたアジア諸国や欧米に対する歪んだ感情は明らかで、男尊女卑を含む様々な差別意識も露骨だった。
子供心に、こうしたアンフェアな精神が心からイヤで、それが私の原点になっている。

あれから半世紀以上、高度成長やバブル崩壊などを経て世の中は激変した。日本の街は清潔で、日本人は列を守り、日本製品は今も品質が高いと評価されている。まさに隔世の感があるが、こうした方向に日本人が変化してきたことに驚いてしまう。昔から日本人が守り受け継いできた伝統的な精神もあったと思うが、きっとここ数十年の先人たちの高い志や努力に敬意を表すべきだと思う。
2019年に日本で開催されたラグビーのWカップの時も日本人の振る舞いが世界中から賞賛された。
お互いをリスペクトする思いやりの心を忘れず、多様性を受け入れる寛容の精神を持ち続ければ、日本や日本人は必ず世界から尊敬される名誉ある地位を得られると思う。
ナイーブでお人好しに過ぎる、平和ボケという批判も理解できるが、異質なものを排斥したり、防御的な仕組みを強化する道に進んでほしくないと私は願っている。

「最高の景色」とは、試合の結果だけではない。森保監督はきっとそう思っている。