アメリカの大学に進んだ息子が1年目を終えて戻ってきている。大学生たちの無軌道ぶりなど、ともに生活してみなければわからない話しをたくさん聞いた。
そうか、そんなに無茶苦茶なのか・・・
私が子どもの頃、ようやく普及し始めた白黒テレビの中には、大きなソファでくつろいでいる上品なパパと、ハイヒールで料理するママと、土曜の夜にボーイフレンドの車でデートに出かけるブロンドの髪の女の子たちがいた。50年代から60年代にかけてのアメリカ、あのホームドラマのイメージは、甘酸っぱい音楽と一緒になって、私のアメリカ観の原点になっている。
その後、ケネディ暗殺があり、ベトナム戦争やヒッピーやウッドストックがあり、その印象はどんどん変っていった。私自身も「おとな」になり、政治や経済のリアルな面でアメリカを見るようになった。音楽の面ではブルースと出会い、夢見るような甘いポップスは、幼稚なものにしか聞こえなくなった。
そんなアメリカに行ったのは、30歳近くになってからのこと。憧れなど失っていたはずなのに、初めての海外旅行だったせいか、まじかに見る異人さんは香水の匂いがして、体型が別の生き物のようで、そばにいるだけで緊張してしまった。町に漂っている雰囲気も日本とは随分違っていた。何もかもが新鮮で、刺激に満ちていて、自由でパワフルで躍動的な印象を受けた。子どもの頃とは別の意味で、また私はアメリカに惹きつけられた。
それから20年近く、仕事を含め、何度もアメリカに行った。モーテルをお手本にしたロードサイドホテル事業を手がけるようにもなった。合理的だけど不合理。新しいけれど保守的。親切だけれど不親切。豊かだけれど貧しい。少しずつ多様なアメリカを知るようになった。
この1週間、車で「鬼怒川店」「那須店」「秋田六郷店」を泊まり歩いた。その道中、ずっと山下達郎や竹内まりあの曲を聞いていたのだが、彼らの曲はずっと昔の夢のアメリカの音に聞こえる。忘れていた懐かしさがこみ上げてくる。しかし、その気持ちが収まる場所を見つけられない。
あのホームドラマは一時期だけの蜃気楼だったのか。いや、そもそもブラウン管の中の幻想だったのか。甘いポップスもCMソングのようなものだったのかもしれない。もちろん、私の10代や20代はあの世界とは無縁なままに過ぎた。
しかし、豊かで、美しくて、楽天的で、みんなが未来への希望を共有している雰囲気。それは、かけがえのない「若さ」や「青春」のイメージと重なって、「いつか行けたかもしれない場所」として心の拠り所になっていた気がする。
息子から聞いた粗野で、傲慢で、自堕落な若者たちの実態。結局はすべて「あらかじめ失われた恋人たち」だったのか?
なんとなくつまらないぞ。夢を見させてくれないアメリカなんてつまらないぞ。



