年が改まってもう半月が過ぎた。去年は、ほぼ決まりかけていた新規出店の話しが最後の最後で白紙になってしまい、盛り下がって暮れたが、今年こそは飛躍の年にしたいと思う。


各店舗は、「鬼怒川店」「那須店」「秋田六郷店」が伸び悩むいっぽうで、2年目を迎えた「山中湖店」「沼田店」「水戸大洗店」が大躍進、昨夏オープンの「北上店」が大苦戦・・・空模様に例えれば「晴れ、所により薄曇り」という感じなのだが、数年前のように「明日の天気は明日になってみないとわからない」という状況ではないから、もう雨具の心配はいらない。というのも、利用いただければきっと気に入っていただけるという確信があるからだ。「旅行者が、気軽に安心して泊まれる、自由で経済的な宿泊施設の提供」という事業目的のひとつは着実に実現されつつある。


事業目的のひとつ? そう、じつは、「旅籠屋」には二つの目的があるのだ。創業以来のキャッチフレーズ「シンプルで自由な、旅と暮らしをサポートする」「暮らし」という言葉に込めたこと、それは「地域に調和する資産活用事業の創出と、堅実で自立した生活基盤の確保」ということだ。利用者ではなく、「旅籠屋」という施設を提供する(「旅籠屋」を誘致することによって遊休地を活用する)オーナーや、住み込んで運営業務一切を行う支配人夫婦の存在が、もうひとつの大切な目的なのだ。


10年前、友人に案内されてアメリカのMOTELを数多く見て回ったときに感銘を受けたのは、シンプルで合理的な宿泊施設のスタイルだけではない。じつはそのこと以上に、そこで働く人たちの有り様にに強い印象を受けたのだ。田舎町の郊外にポツンと建っているMOTELを訪ねると、その支配人の多くは移民の家族だったり、中高年の夫婦だったりする。おそらく彼らはニューヨークやシカゴに行ったこともなく、最先端のビジネスともアメリカンドリームとも無縁であるに違いない。しかし、彼らは、夫婦で、家族で一軒の宿を切り盛りしながら、誰に媚びることも、臆することもなく、マイペースで自分たちの人生を営んでいる。


日本は狭い。物理的に狭いというより、価値観の一元化が進んでしまって息苦しい。人間が過去から現在までの学校・勤め先・居住地などの表面的な属性で測られてしまう。例えば、サラリーマンに向かない人、都会に向かなかった人にとって日本は生き易い国ではない。脱サラとか脱都会といった言葉には、どこかしらに暗いイメージとそのイメージを払拭しようとする「から元気」の気負いがある。本来、どこで、どう生きようとそれは個人が自然体で選び取り受け入れていけば良いことなのに、目に見えない物差しが当てられてしまう。


最近知ったデータによると、アメリカには20室以下の小規模なMOTELが4万軒ほどあるらしい。その規模なら、多くは都会から離れた場所にあるだろう。アメリカの田舎を車で旅したことのある人なら思い出してもらえると思うが、人里離れた道路沿いに看板の灯を掲げて「自分サイズ」の暮らしを営んでいる家族がアメリカじゅうにいるのだ。「旅籠屋」の一軒一軒がそんなかけがえのない生活の場になれたら・・・私が夢見たのはそういう日本だ。


「旅籠屋」は現在7店舗。代行支配人を含め、8組のご夫婦に店舗の運営ををお願いしている。人選にあたって、基本的に学歴や職歴は関係ない。ご夫婦の仲がよく、誠実で実直な方、人柄第一である。だからというわけでもないが、さまざまな経歴を持った方々がいらっしゃる。「履歴書」上ではマイナスのこともあったりするが、人柄とは関係のないことだし、逆に豊かな人生経験のせいか、人間として素晴らしい方々ばかりだ。


「旅籠屋」の二つ目の目的。これは事業の成果として表に出ることではない。利用者にも関係ない。傲慢な言い方だと斜めに受け取られたりもする。肩書きで人間を見ない、当たり前のことをしているだけなのだが、曲解されるのも癪にさわるので、あまり言わないできた。しかし、これは間違いなく「旅籠屋」の存在意義そのものなのだ。


それにしても、「地域に調和する資産活用事業の創出」という部分も、そろそろたくさんの人に理解して欲しいぞ。死んでいる土地が生まれ変わりますよ。