4年ほど前から、プライベートな時間のほとんどをバイクのパンフレットのスキャン作業に使っている。
戦後の復興を支え、その後世界をリードした日本のオートバイ、そのパンフレットを文化遺産としてWEB上に残そうというプロジェクトだ。
特別2輪に詳しいわけではないし、格別の思い入れがあるわけでもないが、50年以上も乗り継いで来て、このままパンフレットがゴミとして捨てられ失われて行くのは悲し過ぎる、誰かがやらなくてはと思い立ったというわけだ。朝から晩まで集中しても20冊がやっと、それでも膨大な時間を費やしてすでに4千冊までデータ化した。
すべて非営利、ようやく力を貸していただける人も現れ、来年には世界中の誰もが無料で閲覧できるようにしたいと夢見ている。
会社を休んだり早く切り上げたりした時は、ひたすら孤独な単純作業に耐えているというわけなのです。
そのせいで、ここ数年、すっかり本を読まなくなってしまった。購入予定または買ったままの本が数十冊もある。
そんな中、先日旅行に行った際の行き帰りにまとまった時間がとれそうで、1冊の本を持って行った。
数年前から積読になっていた「人新世の資本論」、著者は若きマルクス研究者として注目されている斎藤幸平さんである。
遠い昔、高校生の頃は、哲学書や思想書を読みあさったものだ。マルクスやエンゲルス、レーニンや毛沢東の著作も読んだ。背伸びして「朝日ジャーナル」とも格闘していた。
今の私は、無宗教だし、とくに支持する政党もないし、特定の団体に属したこともない。でもあの頃は間違いなく「左翼」で、「会社の経営者は労働者を搾取する存在」などと考えていた。一流大学への進学を強要する親に反発して家を出て、工場や食堂などで「労働者」として食いつないだりしていた。
あれから50年以上、いろんなことがあった。間違いなく頭でっかちだったし、世間知らずだった。
しかし、権威に逆らい、不公正を見過ごせない性分はずっと変わらない。そんな「正義感」が人生の基調にあったのは間違いないし、旅籠屋創業の思いはその延長線上にある。
そんな人間が、今は「社員に過重労働を強いる強欲な資本家」のように思われているフシがあったりする。あり得ない。
偏見や差別がなく、機械のように時間で管理監督される働き方ではなく、社会やお客様に喜ばれることを実感できる人間的な職場を作りたい。転職を重ね離婚して一人になっていた私自身が胸を張って生きられる場所を自ら作り出すしかないと必死の思いで挑戦し頑張ってきた30年間。なのに、なんてこった。
こんな働き方を認めてほしくて政府に「裁量労働制の改善についての要望書」を送った。主要全国紙にも取材要請の文書を送った。しかし、今のところ反応はまったくない。
こうなったら、バイクに乗って斎藤幸平さんを訪ね、率直に意見を聞いてみようか。
マクロな資本主義社会の中で、ミクロ個人としての中小企業経営者はどういう存在なのか、
じっくり話してみたいと思ったりしている。
こんなこと、初めて書いた。



