昨秋、久しぶりに高校の同期会に顔を出してきた。
以前一度だけ出たことがあるのだが、仕事・勤務先・役職・家族など、お互いの「品定め」みたいな気配があり、しかも親しくもなかった人からタメ口でいじられるのも不愉快で、それ以降は敬遠していた。
あれから20年、お互い後期高齢者目前の歳になり、もう最後の機会かもと思い参加してみることにした次第。
会場は渋谷。スマホのナビを頼りにたどり着いたら会場は見事に年寄りでいっぱい。誰が誰かもわからず戸惑ったが、しばらくすると何とか見覚えのある顔も見え、名札の名前を頼りに記憶をたどって立ち話し。あの頃のマドンナに会えるかも、という下心もあったが、残念ながら皆不参加。女性の参加者は比較的少ない。きっと、それでよいのだ。
さすがに現役バリバリの人は少ないようで、昔のようなイヤな雰囲気はない。
しかし、ワクワクするような話題も刺激もない。途中で静かに会場を離れた。
私に友人と呼べる人は少ない。親友はゼロだ。
もともと社交的ではないし、酒を飲まないこともあるし、自意識が強く気楽に付き合うことが苦手だし、うまくいかない。
だましたり、利用したり、不誠実な付き合いをしたことはないつもりだが、人一倍こだわりが強く、マウントを取りたがる面もあるのが人を遠ざけているのだろう。嫌われるタイプだ。
逆に絶縁状態になっている人間は数人いる。恨まれたり、敬遠されたりして縁を断ち切られた。なぜ?という疑問や情けなさもあるが、間違いなく私の人格や言動にも原因はあるのだろう。不徳の致すところである。
「相手に求めすぎるからだ」と言われる。多分その通り。深く共鳴しあうような関係を望んでしまう。
ソウルメイトという言葉があるが、そんな人に巡り合いたいと強く思ってきた。
まぁ、人の個性は千差万別。長所も短所も見方次第だし、裏表でもある。
しかし、こんな性格だから、世の中の常識に流されず、不合理や偏見への怒りを失わず挑戦し続けることができたと思う。その意味で悔いはないが、未だにソウルメイトに出会えないことが少しだけ寂しい。



