あらためて考えてみたら、初めてWWWにアクセスしたのは1年半前のことに過ぎない。

パソコンもそうだが、これを知らなきゃ時代に遅れるみたいな話しが聞こえてきて、新しもの好きでありながらアマノジャクな私はそんなもの必要ないよと手を染めずにいた。それがいったん始めてみたら、半年後には自分でホームページを開くようになり、今や、インターネットはすっかり生活の重要部分になっている。


すでにパソコン通信に親しんでいたから、見ず知らずの人と会話することの不思議さ、面白さについての驚きはなかったが、果てのない広がりと管理されない自由さはならではのもので、少なからずカルチャーショックを受け、それは今でも続いている。


インターネットの普及により、本質的に情報の運び手である営業マンが存在価値を失っていくだろうという言われるが、店で物を売る商売も先細りとなるかもしれない。いずれにせよ、社会を世界を基本から変えていくかもしれないことを、今や私は否定しない。

かつて、農業革命、産業革命、そして20世紀は情報革命だ!なんてことが語られ始めた時、私はお調子者の戯れ言と聞き流していた。人間の意識や社会構造を規定する基本は生産活動にある、という唯物史観の信奉者としてみれば、まじめにとりあうに値しない見解に思われたのだ。

しかし、どうも様子が違う。
昨今の金融情勢などを見ていると、情報というものが経済活動を左右する重要な要素となっている。付随的に派生する存在であったはずの無形の情報が実体経済の流れを引き回しているようにさえ見える。


同様に、インターネットなどのバーチャル空間が我々の意識に直接の影響を与え始めている。実生活空間を経ることのないコミュニケーションの拡大が、価値観や世界観や人生観を、とてもパーソナルな次元で変えている。意識が変われば、ある程度は生き方も変わる。生き方が変わればひとりひとりの経済活動も変わってくる。なんだ流れが逆じゃないか。


こうした見方は、飽食の民が描くうたかたの幻想なのか。情報のまだら模様につけ込める間だけのゲームの理論なのか。私にはわからない。いろいろな解釈を知ってみたい気がする。