元日、浅草寺に初詣に出かけた。晴天無風、混雑もさほどではなく、気持ちのよい散歩を楽しんだが、ひとつだけ不愉快なことがあった。


雷門の前で、どこかのキリスト教の団体の街宣車ががなりたてていたからである。渋谷などの繁華街に行くといつものように出会う「神を信ずるものは救われます。悔い改めなさい・・・」という例のヤツである。
私は、無宗教というより反宗教という立場なので、宗教的信条で反発しているわけではないし、人の信仰をとやかく言うつもりもない。
しかし、元日、日本人がひとつの文化的習慣として初詣している神社や寺の門前で大音響で布教活動を行うのはいかがなものか。
例えば、クリスマスイブのミサが行われているヨーロッパかどこかの教会の前で、仏教徒が拡声器を使って読経するなどという場面を想像してほしい。
これは、宗教以前にその国や地域の人々の文化や暮らしに対する無神経で傲慢な振る舞いではないか。
あーうるせー。余計なお世話だ。よほど、中心にいる西洋人に近寄って苦情を言おうと思ったが、盲信している連中との議論で消耗するのはわかりきっているし、足早にその場を離れてしまった。あー、何も言わずに帰ってきた自分にも腹が立つ。
なんて、人の良い日本人。なんて、従順な日本人。すっかりぶち壊されてしまった浅草の下町情緒。来年は、ケンカする。