きょうは、半年前から準備していた「第三者割当増資」の払込期日だった。まだ、公式なIRを行っていないので、具体的な内容には触れられないが、残念ながらベンチャーキャピタルからの出資は一部にとどまってしまった。この点については、3/16付けの日記でも触れたが、20社を超える企業との協議をとおして、日本のベンチャーキャピタリストの実像の一部を垣間見ることができた。
いっぽうで、一昨年の公募増資の時に株主になっていただいた個人投資家の方などからは、予想をこえる支援をいただいた。目先の数字ではなく、間違いなく「旅籠屋」という企業とその事業をご理解いただいたうえでの追加出資であり、経営者としてこれほどありがたいお金はない。


株式市場のシステムは、純粋に損得の世界であることが存在の基本であることは間違いないことなのだが、人間の意思や意志が働くことを排除するものではないし、それこそが現在と未来をつなぐ市場メカニズムの妙味だと思う。
難解な指標や解析手法を用いて、企業の将来価値を算出する数式もあるのだろう。その点で評価すれば、リアルビジネスである「旅籠屋」は地味な存在なのかもしれない。しかし、多くの人が信頼し、期待し、共感すれば、それは間違いなく目に見える数字となって実現するはずだ。事業家の立場から見れば、それこそが事業の目的とか理念とか社会的意義と言えるものであり、もっとも大切にしなければならないものだと私は考える。
残念ながら、こうした点について理解いただけるベンチャーキャピタリストに、私は出会えなかったように思う。


そもそも、投資対象をベンチャー企業に特化するプロの投資家に必要なこと、それはいったい何なのだろう。
公開が見えてきた企業の匂いをかぎつける嗅覚?それも必要だろう。しかし、そんな程度でなら、おこぼれにあずかるハゲタカやハイエナに過ぎない。冷徹な計算と読みの向こうに、目に見えない新しい価値創造を仕掛けていく、それこそベンチャー企業への投資の醍醐味ではないのか。
プロの投資家に、事業家のロマンを共有して欲しいとは思わない。しかし、立場は異なっても、より高い次元で、共鳴できる世界があると、私は信じたい。骨のあるプロの投資家はどこに隠れているのか。