いつものように、夜遅くまでパソコンの前でダラダラ仕事をしていたら、交替勤務で「山中湖店」に滞在中だったK取締役から電話が入った。「テレビ見てます?えーっ見てない?大変、大変、ニューヨークの貿易センタービルに飛行機が突っ込んで、ペンタゴンも燃えてますよ!」こんな夜遅くに何を冗談言ってるんだろう、と一瞬ムッとしたが、すぐにTVをつけたら冗談じゃなかった
それからというもの、すっかり睡眠不足である。おとといからはニューヨーク証券取引所の株価も気になって熟睡できない。


正直に言ってしまおう。他所のケンカは面白い。犠牲者のことを考えたら不謹慎だが、こんなにドキドキする出来事なんて滅多にない。そういう感情を持つことを否定する人がいるとしたら、そういう不正直な正義感の方が危ないことだと言いたい。当事者でないのだから思考は共有できても感情が違うのは仕方がない。その上で考えるしかない。私は自分の心をごまかさないし、自分の脳味噌で考える


パレスチナ人のようにお祭り騒ぎをする気分にはなれないが、私の中に最初に湧き上がってきたのは「アメリカ人の思い上がりが招いたことだ。1人勝ちは出来ないということだ」という感情だった。そして1週間、私はいろいろと自問自答してみた。


この事件がニューヨークではなく、東京で起こっていたら、どう感じただろう。どうすべきだと考えただろう。
ブッシュ大統領や小泉首相が言うとおり、アメリカ一国ではなく、自由とか民主主義という人類全体の価値観に対する敵対行為なのだろうか。そもそもその価値観とは疑いもなく人類全体が共有しているものなのか。
犯人を捕まえ法で裁く、ということと、「戦争」による報復とはどう違うのか。
盗人にも一分の理、という見方は、エセ知識人的なナイーブすぎる偽善か。
日本は世界にどう見られているのか、どう見られたいのか。気にしている世界とはどの世界なのか。
本格的な戦争になって日本も当事者になったら、私も徴兵に応じて戦場に行くだろうか。


マスコミ報道を見る限り、アメリカは「戦争」に向けてまっしぐらだし、日本は湾岸戦争の時の「汚名」を晴らすべく日の丸を立てて出来るだけ格好良く振舞いたいらしい。一見もっともらしい正義が声高に叫ばれ、威勢の良い勧善懲悪の主戦論が勢いづいている。


私は本来直情的で、駆け引きの嫌いな単純な性格だから、はっきり言って、多くのアメリカ人のように「やられたらやり返す」という気持ちに乗りたいし、1兆円も金を出してバカにされるより自衛隊にもガンガンやってもらって「男気のある日本」として一目置かれたいという気持ちもある。それを「男らしい」と呼ぶのはわかりやすいし、じつは「男らしくない」と呼ばれるのを何より恐れる政治家たちの心情も痛いほどわかる。あー早くガンガンやっちゃってください、と心のどこかですっきりしたがっている自分がいる。


しかし、しかし、しかし。いろいろ考えた末の私の今現在の気持ちはそうした単純な感情を厳重に否定している。報復「戦争」には反対だし、アメリカの尻馬に乗るのもやめて欲しい。理由は、かいつまんで言うと以下のとおりである。


1●今回の事件は、一個人の狂気によるものではなく、長期間かつ広範囲の現実の中で生み出されたことであり、勧善懲悪的な報復で根本的に解決出来る問題ではないこと。
  ・・・必ず、後継者が登場し、中東で何十年も続いている状況が世界的に繰り返されるだけではないか。
2●我々は知らず知らずのうちにアメリカを中心とする情報や価値観に足場を置いて物事を見ており、西側世界が他の世界に対して「合法的、国家的」テロを行ってきたかもしれないことを公平に理解しているとは言い切れないこと。
  ・・・パレスチナ問題ひとつをとってみても、アメリカが一方的に「報復」と言える立場ではないのではないか。
3●同様に、無意識のうちに肯定してしまっているグローバリズムというものが、アメリカ中心の経済的効率性や価値観の一方的な押し付けになっており、けっして人類全体の普遍的な「正義」や「幸福の拡大」になっていないのではないかという疑念を捨てきれないこと。
  ・・・法治主義、民主主義、経済的合理性による多様性の保証などは、長い間に人類が積み重ねてきた英知の成果であると思うが、現時点では富の偏在を生み、逆の結果を招いている現実があるのではないか。
4●「戦争」とは、法治主義の放棄であり、かろうじて積み上げてきた「人類全体の正義」の共通認識を裏切る行為であること。


数日前、「マーシャル・ロー」という映画を見た。設定があまりに今回の事件に酷似しているため、テレビ各局が放映を中止しているようなので、レンタルビデオで見たのだが、じつに示唆に富んでいた。こういう時こそどんどん放映すれば良いのに、困ったものだ。


それにしても、どうして、あっちでもこっちでも争い事が起きると「神様」が大声で呼ばれるのだろう。よっぽど神は戦争が好きなのだろう。だから神なんて信じないほうが良いのだ。それと、報復「戦争」反対なんて言うと、日本ならすぐに非国民扱いに違いない。先日、アメリカの議会で「報復戦争についての臨時支出」にたったひとり反対票を投じた議員がいたそうだが、そういう人がいるところがアメリカの良いところだと思う。田中知事も見直したぞ。