私はアルコールが苦手だ。社交的な性格でもない。だから、ノミニケーションから逃げ回ってきた。サラリーマン時代、「そんなことでは勤まらないぞ」と上司に言われたことがあるし、事業を立ち上げた後も「夜のつきあいは情報収集に必須ですよ」とアドバイスされたこともある。たしかに付き合いが悪いことで世界を狭くしている面もあるだろうが、今更このスタイルを変えるつもりはない。ストレスに強い人間じゃないし、イヤなことはイヤ、それでいいと割り切っている。だいたい酒を飲んで深まる相互理解や親睦ってなんなのよ。
というわけで、酒を飲みながら語り合う機会というのは年に数回もないのだけれど、気心の知れた人と、ベタに仕事がらみでなければ、気軽に出かけていくこともある。
つい数日前、そういう珍しい夜があった。メンバーは私を含めて4人。2人はここ1〜2年の間に会社を興した20代の社長さんたちである。事業を始める際に多少のアドバイスをしたこともあって、その後の状況と今後が気になる。
いろいろと話しを聞いてみると、やはりなかなかたいへんらしい。一部は私が通ってきた道であり、悩みやつらさがよくわかる。そうした逆境にあっても情熱と自信を失わないのはすばらしい。刺激を受けることもあった。最後には「旅籠屋さん、最近円くなったというか、余裕が出来てハングリーさが薄れてきたんじゃないですか。もっとガンガン行ってくださいよ」なんて言われてしまった。そんことないのにねぇ。
言いたい放題の5時間だったが、私はその夜、ひとつの重要なことを考えさせらた。そもそも何のために事業を始めたのか、何のために会社があるのか。自分に問うてみる。重くて、深い。
情熱は往々にして個人的な情熱である。しかし、事業を始めると、なかなか思うように行かない。いきなり黒字ということは稀だ。利益が上げられなければ会社を続けられないから軌道修正をしなければならなくなる。そして、ようやく軌道に乗り始め、事業を拡大しようとすると自分ひとりでは出来ない。社員が増え、組織が生まれる。株主が増えることもある。こうして会社の利害関係者は多様になり、複雑になっていく。それぞれの段階で、会社を生み出し育ててきた経営者の「情熱」が「企業の目的や存在意義」になり得ているのかが問われることになる。立場の違う利害関係者にも受け入れられる一定の普遍性と合理性を持っているか。逆に、経営者個人の意欲を失わせる方向に向かってはいないか。
これは、どの企業にとっても重要な問題である。とりわけベンチャー企業にとっては、死活的な問題である。あまり語られることのないテーマのようだが、日を変えて少しずつ考えてみようと思う。



