昨日、当社の第8期定時株主総会が開かれた。赤字拡大の理由や出店スピードの遅さなどについて厳しい指摘もあり、続いて開いた事業報告会とあわせ、3時間以上の会議になった。もともとシャンシャン総会にするつもりなどないし、会社経営についての率直な意見交換をすることはとても意義のあることだから時間がかかるのは悪いことではない。日々最善を尽くしているつもりでも、社内ではどうしても「慣れ」や「常識」に流されている面があるから、利害関係者からの刺激は貴重である。そっさく、週明けに今後の事業の進め方についての検討会を開き、指摘された点をじっくり受け止めて改善策を実行していくことになった。多数の一般個人投資家の存在は、IRなどの面で負担になることもあるが、一定のチェックがかかるという点では経営の健全化にプラスになると思う。


それはそれとして、一部に心外な発言があったのは残念なことだった。「(細かい数字の解釈に関して)そんなこともわからないのか」あるいは「本社の人間は、店舗に食わせてもらっているのだから」・・・。初対面の人間にそんなことを言われる筋合いはまったくないのだが、そんな発言が出てくる背景には経営者一般に対する不信感があるのだろう。どうせ、ロクな経営をしていないに違いない。能力のない人間が偉そうに経営者ヅラをしているんだろう・・・そんな先入観があるのだろう。


50年も生きていると癒えることのない傷がいくつかはある。会社も設立から8年が過ぎて、思い出したくない出来事も少しは経験してきた。あえて振り返ってみれば、そのほとんどは人間関係の問題、もっと具体的に言えば人間不信を突きつけられたことによって受けた心の傷である。人間関係なのだから相対的な問題であり、誰が良くて誰が悪いと一方的に結論付けられないことで、だからこそ迷宮に入り込んだまま心の底にトゲをもったまま沈殿してしまうのである。


自分の思いがまっすぐに伝わらない。誤解されて反感を買う。予断や先入観で判断され、軽視され、侮蔑され、拒絶される。こちらが懸命であればあるほど、受ける傷は深い。悲しく、情けなく、腹立たしい。


残念ながら、これは一定の知能と引き換えに人間に課せられた負の宿命なのだろう。逆の立場に立てば、私も多くの人に対し、無神経で無遠慮な言動を繰り返してきたのかもしれない。予断や偏見にとらわれず、常に相手に対する敬意を失わずに接すること、自らに対する戒めとすることにしよう。


何だか、オヤジくさいエッセイみたいになってしまった。オマエらしくないと叱られそうだ。


それにしても、いつも不信感を突きつけられる政治家ってたいへんだなぁ。どういう精神構造の人たちなんだろう。
吉田茂じゃないけれど、私ならすぐに「ばかやろう」だ。