とうとう梅雨の明けなかった8月、残暑の9月が去り、10月になった。気温が下がり、さわやかな風が吹き、空気が澄んできて、夜が早くなった。
秋だ。
草木が芽吹く春が一番好きな季節だが、秋も悪くない。しかし、気をつけていないと、メランコリックな気分に悩まされる。思春期の少年たちの父親よりも年くってるくせに、何が「感傷の秋」だと笑われそうだが、たぶん、生理的にそういう体質なのだろう。日照時間のせいか、気候のせいか、毎年この季節になると妙に物憂い気分にとりつかれる。こんな夜は、徒然に日記でも書いてみる。
9月19日・・・株主総会の日だった。例年10名前後の参加があるのだが、今年は6名と少なかった。6月末の決算日からの2ヵ月半、年々複雑になる一方の決算処理に随分と時間をとられた。税別会計や経過勘定など、会計処理を厳密にしようとすると手間がかかる。ようやく数字がまとまったら、決算速報・決算短信・会社内容説明書の作成、並行して総会招集通知などの作成もある。社内の作業スタッフは私一人だから負担が大きいが、業績は着実に進展しているし、何一つ隠し事のない会社だから、まっすぐな気持ちで取り組める。来年は設立10周年、初の黒字達成で、ささやかに祝いたい。
9月21日・・・はるばる浜名湖畔までB’zの屋外ライブを見に行った。折からの台風で道中は暴風雨だったが、コンサート途中から雨も上がった。5万人の聴衆、大規模なステージ、巨大なPAシステム、屋外ならではの花火の演出。それなりに楽しくはあったが、ひりひりするように緊張感や興奮は味わえなかった。みんな良い子だ。ロックもバイクも、今やエンターテイメントであり、レジャーのひとつ。
9月27日・・・久しぶりに整形外科に行った。6月末の交通事故から3ヶ月。指の怪我の最終チェック。もちろん、骨は固まっているが、レントゲン写真を見ると、関節が少しつぶれて、ギザギザになっている。しばらく力を入れていると曲がるのだが、油の切れた蝶番のようで元通りの動きからはほど遠い。医者は「ギターは無理かもしれませんね」と言う。憧れのストラトキャスターを買って「そのうち練習しよう」と思っているうちに、こんなことになってしまった。いっそ、弦を張り替えてサウスポーに転向しようかとも思ったが、それはやめて、どこまで回復するか見届けてやるつもり。
10月3日・・・パシフィコ横浜に「旅行博」を見に行った。アメリカのモーテルチェーンのブースにも寄ったが、「旅籠屋」のことはまったく知られていなかった。少し、悔しい、さびしい。この展示会は初めての見学だったが、メインは世界各地の観光スポットのPR。「ロシアの釣りツアー」など、旅行会社のパンフ棚では見かけない情報がいっぱいだった。世界中に行ってみたい、ほんとうにそんな気になった。いつか、戻りの予定を立てずに、何年もの旅に出たい。
10月5日・・・息子のバンドのライブを見に行った。みんな、思ったより、ずっと上手だった。あまり自己主張しない彼が「プロのミュージシャンになりたい」と言う。自分も、若い頃、一時期そう夢見たことがある。才能と運に恵まれるのなら、背中を押してやりたい。表現者として生きていく人生は悪くない。でも、何より得難いのは「持続するパッション」。人生の多くはドラマと無縁の平板な日常のダラダラ坂。実感から言えば、退路を断つような人生は勧められない。ピュアな気持ちを買ってやりたい、という気持ちとの板ばさみ。
10月7日・・・新店舗の話し。建物建築費の見積りがなかなか想定額に収まらない。住宅メーカーにいた経験から推察するに、積算部の担当者が過去の常識から抜け出せないのではないか。材工一式、現場経費、出精値引なんていうやりかたを続けていては、いつまで経っても建設業界は生まれ変われない。みんなわかっているのに体質を変えられない。そろそろ腕力と決断力のある工務店経営者とめぐり合えないものか。
更け行く〜秋の夜〜。珍しく、日記らしい日記が書けた。なぜか、今夜は心穏やか。



