ここ数ヶ月、頭から離れなかった心配事・・・
仕事での大きな課題が、ようやく解決に向けて動き出した。
役所の帰り、車の中で、「良かった、良かった」と何度も声を上げた。
新しいことを起こそうとする時、許認可権限を持つ役所との交渉は、ほんとうに骨の折れることなんです。
法律は、事実の後追いだから、結果的に守旧的な存在で、世の中の新陳代謝を妨げようとする。
行政官は法を執行する立場だから、法律の時代錯誤を訴えても運用の幅には限界がある。その立場は理解しているつもりだ。
それでも、「決まりは決まりだから」と聞く耳を持たない役人も少なくない。そういう場合、裏に責任逃れの事なかれ主義が露骨に透けて見えて腹立ちを抑え切れなくなることがある。
先日も、枝葉末節にこだわる労働基準監督官に、思わず「あなたは、どういう志を持って労働基準監督官になったんですか。労働者の待遇や職場環境を向上させたいという気持ちがあったからじゃないんですか。それなら、実態無視の法律の条文にこだわる職務に矛盾を感じませんか。法の不条理をもっとも肌身で感じている現場の行政官として、自分が何をすべきか考えるべきではないですか」などと詰め寄ってしまった。
今回も、もしどうしてもラチがあかなかったら、都道府県はもちろん、中央官庁まで行く覚悟を決めていた。さらに、場合によっては行政訴訟を起こして法の不合理を正すことも視野に入れ、友人の弁護士に相談したりもしていた。
最近、ベンチャー企業経営者の能力や経営姿勢について、厳しく問いただす投資家の意見を頻繁に眼にする。その苛立ちや怒りはかなりの部分理解できるし、共感することも少なくないが、所詮株価の上昇だけを期待する意識は共有できるものではない。
経営者にとって、初期の事業資金を提供してくれた出資者は文字どおりエンジェルである。その恩を忘れることはないし、決して忘れてはいけないと思っている。しかし、経営者は株価を上げるためだけに事業を行っているわけではない。
めいっぱい陳腐な言い方になるが、少しでも世の中の役に立ち喜ばれるために新しいビジネスを興し育てているのだ。少なくとも私は、株式公開による株価の高騰が天使に報いる唯一の方法であるとは考えていない。もっともっと大切なものを含めて恩返しすべきだと信じている。ベンチャー企業が創業の志を失ってしまったとしたら、それこそ恩人に対する裏切りじゃないか。
役所との交渉に臨むとき、その場逃れのごまかしや、政治家を使っての圧力など、結果重視の方法はいくつもあるだろう。それを知らないほど世間知らずではないし、その選択肢を潔癖に否定するほど青くもない。
しかし、可能な限りそんなことはしたくない。
とにかく、誠心誠意、趣旨を説明して、法の目的に適っていることを訴えて理解してもらう。
そして、きょうの担当者からは、こちらの熱意への理解と、それに応えようという誠意を感じることができた。私には、それ自体が、嬉しく幸せなことだ。
愚直でバカ正直なやり方だと、自分でも思う。でも、それでいいのだとも思う。心の底で公共工事の入札制度の不合理を痛感しながら談合を繰り返し、バレると心にもなくお詫びする大企業のコピーなんてヤナコッタ。



