昨秋、株主の方から、新聞の書評欄のコピーをいただいたことがある。
旅籠屋と重なるところがあるのではないか、とのコメントが書き添えられていた。
アメリカのスモールタウンばかりを結ぶ車での一人旅紀行。
ビビッとくるものがあり、早速書店を回って手に入れ、一晩で読み終えた。
「語るに足る、ささやかな人生・・・アメリカの小さな町で」 駒沢 敏器 著、NHK出版 2005.7/25発行
文字通り、ロードムービーを見ているような、少し切ない旅気分があふれている素晴らしい本だった。
都会や観光地だけを駆け足でつまみ食いする旅では決して気づかないアメリカ人の暮らしが、行間から伝わってくる。
十数年前、初めてMOTELを泊まり歩きながら感じた世界の背景が、じっくりと表現されている。
お奨めの一冊である。
別のところで、これもある株主の方が「旅籠屋はアナログなビジネスだと思う」と評されているのを目にしたことがある。
思わず、そのとおりかもしれない、と膝をたたいた。
サービス業だから、機械的な数値で測りにくい、マニュアル化しにくいビジネス、という意味もある。
しかし、ご指摘の主旨は、「あえて素っ気無い雰囲気にしようとする二重のこだわりを感じる」ということなのだと解釈した。
ひとつは、「雰囲気」という抽象的なものにこだわるアナログ志向、もうひとつは数字を至上としないこだわり重視の経営姿勢。
個人的には、こうした理解者に恵まれていることを、ほんとうにありがたいことだと思う。
最近、耐震偽装問題や、東横インの違法改造問題や、ライブドアのニュースが騒がしい。
私は、バブルの頃の「一億総不動産屋、一億総株屋」と言われた時代のムードを思い出した。
当時、この流れに乗らなかった経営者は「時代遅れの頑固者、保守的で無能な経営者」と批判されていた。
それが、バブル崩壊後は「さすが、先見の明のある堅実な経営者」と再評価される。
まったく世間の無定見にはあきれてしまう。
ただ、当時批判された経営者たちの多くは「なんとなく、どこか違うと感じて、その気にならなかっただけだよ」というのが正直な気持ちであったように思う。
根拠としての理路整然とした経営判断基準を問われても答えにくかったに違いない。
これは、アナログな感性の問題だ。
世の中の動きが速い。断片的な情報が飛び交い、「世論」の風向きもコロコロ変わる。
頑迷だったり、保守的であることが良いとはまったく思わないが、今の時代、ある種のバランス感覚や常識やこだわりを失わないことがとても大切なのではないかと思う。
音楽だって、私もカラオケはMIDIで作るけれど、それはハモニカで「歌う」ための練習用ツールに過ぎない。ブルースハープは肉声にもっとも近いアナログ楽器、サンプリングでの再現は、まぁ無理でしょう。
「楽天トラベル」で宿を検索して事足りるような旅のスタイルも、やっぱり好きになれないな。



