きょうは終戦記念日。昨夜放映されたTVドラマ「歸國(帰国)」の録画を見た。


内容は想定内で、特別の驚きも感動もなかったが、「死」というものを感じさせられ、少々応えた。
というのも、昨日8月14日は昨年9月に他界した父の初盆の法事、そして明日8月16日はその父の誕生日だからだ。


あの世も、お盆も信じてはいないけれど、常に、頭の右後ろあたりに気配を感じているのは不思議なこと。
やはり、ちょっと寂しい。
やはり、ちょっと切ない。


先日、会社の若い連中と雑談していて「戦後」という言葉がほとんど意味を失っているのに、突然気が付いた。


私は戦後の生まれだが、子供の頃はまだ戦争の匂いが色濃く残っていた。
防空壕の跡があちこちに残り、ガード下には白装束の傷痍軍人がたくさんいた。
そして、みんな等しくつつましく、豊かになろうと懸命だった。


ドラマ「帰国」の中で、今の日本人は「豊かさと便利さを勘違いしている」というような科白が出てくる。
「生きることをさぼっている」とも言う。
確かにそうかもしれない。
しかし、人に殺されず、人を殺さずに生きていける「平和」はすべてに勝ることだと思う。


父の死後、級友だった老人に招かれ、昔話を聞きに伺ったことがある。
「戦後何十年も誰にも明かさなかったことだが、じつは特攻隊の生き残りなんです」と、突然告白された。
驚き、そして少し身構えた。
戦争を忘れ、戦死した人々を忘れてしまった現代の世相を嘆き、戦後世代を戒める話しが続くと思われたからだ。
しかし、語られたのは意外な言葉だった。


「将来、日本が攻められ、占領されるようなことがあるかもしれない。
しかし、占領されればいいんです。
・・・死んじゃいけない。敵であっても人を殺しちゃいけない。彼らにも人生がある、家族がある。
私は日本人を信じている。占領されたって、いつか日本人は立ち直る。
死んだ人間はけっして生き返らないんだから・・・」


人間は、とくに男は強がりたい生き物だ。
卑怯者よばわりされるくらいなら勇ましく死にたいと叫んでみたくなる生き物だ。
政治家を含め、「偉い」人達にそういう人が多いかもしれない。


飛行機の故障や天候など、偶然が生死を分かった。
死んでいった仲間への思い、事実の重さが、50年以上の沈黙を強いた。
誰よりも「勇ましく」生きたように思えるその老人の言葉に、私は深く心を打たれ、言葉を失ってしまった。



来月17日の父の命日は、会社の株主総会の日でもある。
この不況下で黒字に戻せたこと、そして・・・
報告を笑顔で聞いて欲しかったが、それはかなわない。



昭和85年8月15日、深夜。