数年前から企てていた親子での富士登山。
直前に仕事の予定が入ってしまい、3週間遅れの8月下旬、上の息子と2人だけでの登山となった。


昼過ぎに家をでて、夕方に御殿場口の駐車場に到着。
4つあるルートの中でもっとも低い地点(標高1440m)から、もっとも距離の長い御殿場ルート。
かなりハードと聞いていたが、他のルートの混雑は避けたかったし、仮眠する山小屋も満杯だったので、
あえて夜間登って夜明け前に頂上に着いてご来光を拝もうという計画になった。


数年ランニングを続けているので、体力に自信がないわけではないが、高山病がこわい。
強引に無理できる年齢でないことは自覚しているし、変調をきたせば苦しいだけだ。
そんな不安を抱えながら、とにかく、ゆっくりゆっくり登り始める。




人の少ないルートと聞いていたが、8月中旬の土曜。
早々に日が暮れて振り返れば点々と登山者の灯火が線になって連なっている。外国人も多い。
1時間に一度は座り込んで休憩。振り返ると山麓の演習場で夜間の実弾演習の火。遠くに花火大会の火。

20時前に1930mの次郎坊。2時間以上もかかっている。
22時ころに夕食のおにぎりをほおばり、23時過ぎに2590mの新六合目。
延々と足元の安定しない砂礫道で疲れる。
普通なら4〜5時間で到着するはずの7合目に着いたのは、午前2時前。8時間以上も経過。
4時過ぎ、3310mの7号9勺の小屋に着いたころに空が白み始め、1時間ほどとどまってご来光を見ることにする。
さすがに寒いが、素晴らしい日の出を眺める。


5時半前にここを出てすぐに8合目。見上げると頂上の縁が見える。あとわずか、もうひと頑張りと思うが、ここからが長い。
登っても登ってもなかなか頂上が近付いてこない。
3週間前に同じコースを登っている息子も疲れているようで、歩みが遅い。
結局頂上に着いたのは8時ころ。
最初のペースが遅すぎたのか、休みが多すぎて時間をかけすぎたのか。
眠気もあって、精神的にもかなり疲れてしまった。

思えば、40数年ぶり、2度目の富士登山。
前回は、中学生だったか、高校生だったか、昨年亡くなった父との登山だった。
あの時、父は40台半ば、今の私よりずっと若かったことになる。
頂上で力尽きた私を置いて頂上付近を更に歩きまわっていた姿が記憶にある。
剣が峰まで往復してきたのか、お鉢巡りをしていたのか。
「オヤジ、来たぞ!」と小さくつぶやいて、あの時果たせなかったお鉢巡りに挑む。



頂上付近はおそらく数千人はいるだろうという賑わい。
食堂で800円のカップうどんを食べ、最高地点の剣が峰に登り、そのまま右手に恐ろしげな火口を見ながら、その縁を廻っていく。
疲れた体には登りの待つ下り坂さえ恨めしい。ふつう1時間半という行程に、結局3時間以上もかかる。
ここでちょうど正午頃。計画ではすでに登山口まで戻っているはずの時間だ。


一応の目的は果たしたし、ヘリコプターで迎えに来てほしいところだが、自力で下るしかない。
座り込むと眠気に襲われる。心身ともにクタクタ。
足場の悪い砂礫道。一歩一歩に緊張を強いられ、苦行のようだ。


ようやく7合目まで戻り、登りの道から分かれ、待望の大砂走りに向かう。
かつて飛ぶように下った記憶があり、楽しみにしていたが、疲れ切った脚では歩幅が伸びず、逆に筋肉がきしむ。
少しもスピードが出せず、脚が壊れそう。まわりは霧で視界が閉ざされ、人影もない。
無限に続くかと思われるような単調なゆるい斜面が続き、明らかなデジャブーにとらわれ、半ば幻覚状態。
今、自分が何をしているのかがよくわからない。無性に苛立つ。


1時間以上もこんな状況をさまよい、ようやく先行していた息子と出会い、残りの数キロを無言でとぼとぼと歩き続ける。
方向感覚も位置感覚も失いながら、なんとか5時ころに登山口に戻る。考えてみたらほぼ24時間歩きっぱなし。


予定どおり、日帰り温泉に立ち寄って汗を流し、食事をとる。
さっぱりして、ようやく一息つくが、これから東京まで戻らなくてはならない。瞬時に眠りに落ちてしまいそうで、危険極まりない。
年齢制限のある保険の関係で、運転を代わってやるわけにもいかない。ひたすら話しかけながら、渋滞を抜け、0時ころに帰宅。
荷物を置き、ベッドに倒れこみ、3秒で意識を失う。


フルマラソンよりずっとつらかった。