震災の発生から、1ヵ月半の時間が過ぎた。
いろいろなことが起こり、いろいろなことを考えた。


以前、株主の方から、「ファミリーロッジ旅籠屋」の価値が見えない、という指摘を受けたことがある。
当時は抽象的な言葉でしか答えらず、あえて返事をしなかったが、今回3つのことをお話したいと思う。


ひとつめの価値、それは空室のある限り、すべての方の宿泊を受け入れたということ。
我々は予断・偏見・先入観にとらわれずにお客様を受け入れることを大切にしている。その姿勢を貫くことが個人の自由や多様性を守ることなのだという信念がある。さらに言えば、日本がこうした個人の自由や多様性に寛容な社会になって欲しいという願いがある。
平時は、こんなことを言ってもなかなか理解してもらえない。あるいは、当たり前のことだと見過ごされてしまうが、ペット同宿を受け入れたり、利用頻度は低くてもバリアフリールームを設けたり、というのは同じ思いからである。
地震直後、30店舗のうち10店舗で、停電や断水が発生した。真っ暗で暖房も給湯も困難、水が出ないのでトイレも流せない。それでも、被災地に近い店舗には家を失った方々が訪ねてこられる。数日遅れて、原発周辺からの方々も増えてくる。宿としての最低限の機能も提供できないので、無償で受け入れるよう指示した。福島ナンバーの車を忌避するなど、考えもしないことだった。
放射能汚染に限らず、新型の伝染病が流行したり、テロや「異常な」犯罪が頻発したりすると、宿泊拒否の話しが聞こえてくる。宿泊施設は、社会の空気にさらされている。風評に惑わされがちな感情と科学的な理性とのせめぎあいの場所にある。
宿泊特化の宿には、ユニークで特別なサービスなどない。だから、否定的な風評にさらされれば、たちまち利用者は引いてしまう。「真偽や是非はともかく、あえて評判の悪い宿に泊まることもないだろう」というのが、大方の本音なのだ。だから、宿の側は空気に逆らわないように保守的になる。
こうした中でスタンスを守るのは、実は想像されるよりはるかに困難なことだ。大きな手間とリスクを引き受ける覚悟を求められているということなのだ。


ふたつめの価値、それはホームページ上で、宿泊者の安否情報を最優先で伝えようとしたということ。
宿泊施設は、ほんの一部とはいえ、利用者にとってのかけがえのない人生の時間や空間を提供している。だから、泊まられる方々の安全やプライバシーを守ることが最大の責務である。そして留守宅には無事の帰りを待つ家族や友人や同僚がいる。
過去と同じく、今回も地震発生直後に行なったのは店舗へ連絡し、けが人の有無を確認し、その情報を真っ先にトップページに掲載することだった。
他の宿泊施設のホームページを見たが、翌朝まで更新されない施設が多かった。そして、予約受付の可否や、通常営業しているかどうかの情報が中心だった。
電話の通じない地域が多かったし、一番大切にすべき気持ちやメッセージが抜けている気がした。
余談だが、「ファミリーロッジ旅籠屋」の建物が地震に強いことをあらためて確認できた。せいぜい一部に細かなクラックが生じた程度である。地面が波打って、駐車場の一部が20cmほども陥没した店舗もあったが、建物はまったく無事である。遮音性能向上の工夫が、結果として堅牢な構造を実現しているようだ。
とにかく、人も建物も無事でほんとうに良かった。


みっつめの価値、それはぎりぎりまで踏みとどまり営業し続けたということ。
残念ながら、「仙台亘理店」(ライフラインがすべて途絶し、来館者もほぼ皆無だった)、「いわき勿来店」「須賀川店」(福島原発が不測の事態を招く危険性が高い時期があった)の3店舗が一時閉鎖を余儀なくさせられたが、いずれも10日ほど後に営業を再開した。
頻繁に起こる余震や、停電や断水が続きガソリンや食料も手に入らない不自由な生活、そして放射能汚染の目に見えない恐怖。支配人の不安や疲労は察して余りある。こうした状況の中であえて支配人に現場復帰を求めたのは損得ではなく使命感だった。
避難であれ、支援であれ、復旧であれ、復興であれ、人が動き活動するためには泊まる場所が必要なのだ。こうした時期に被災地へ赴く人たちには強い意志と責任感がある。こういう時だからこそ店を開けて宿泊施設としての責務を果たしたい。こうした使命感への理解がなければ、支配人達が復帰してくれることはなかったと思う。


以上3つのことは、考えてみたら当たり前のことばかりだ。
照明は必要以上に明るくしない、使い捨てのアメニティグッズは置かない、安心してお泊りいただくこと以上のサービスはしない、不採算店であっても撤退しない。こうした普段からこだわっていることを含め、いずれも地味なことで、普段はセールスポイントになるようなことではない。そのくせ、守ろうとすると事業経営の面ではマイナス面もある。
でも根っこはひとつなのである。
ポイントカードによる顧客の囲い込み、割安感を維持するための料金見直し、ターゲットをしぼった広告戦略、朝軽食メニューの充実、さまざまなご提案をいただく。ありがたいことだし、そういうアイデアを機敏に取り入れることが経営者に求められる才覚のひとつなのだろうとも思う。
しかし、どこか気乗りしない、小手先のテクニックを弄するのはさもしいと感じてしまう。
根っこは同じである。


少なくともロードサイドホテルは旅行者のベースであって、アミューズメント施設ではない。雄弁に語る外向きの演出や集客の策よりも、いつでも安心して宿泊できる宿が存在し続けているという確かさを中心に考えたい。
このようなことが「ファミリーロッジ旅籠屋」の価値であり、「らしさ」なのだということをこの機会に再評価いただければという願いがある。そして、社内ではしっかり共有して欲しいという強い思いがある。


震災の発生から、1ヵ月半の時間が過ぎた。
さまざまの難しい判断があり、さまざまの行動があった。
感情の力があり、意志の力があった。
しかし、根底で支えていたのは誇りだったと思う。
誇りを真摯に守り続ければ、品格につながると思う。
そういう会社を目指したい。