ジョガーになって数年、年間1200kmは3年続いてるけど、月間100kmとなるとなかなか続かない。
たまたま今年は1月から途切れていなかったので、8月も頑張った。
夏は、ランニングには厳しい季節。蒸し暑さで気力もすぐに萎えてしまうので、日を空けずにチョコチョコ走る。
そして、31日の夜、なんとか目標達成。
走ってると言えないほど遅いけれど、日常的に汗を流すのが良いと思っているので、私の場合は、これで満足。
走り終えた後、ひとりじんわり嬉しくて、帰宅後の冷えた麦茶もサイコー。自分に乾杯!
正直に言うと、けっして走りたくてたまらないから走るわけじゃない。
走っている間も、楽しいという感じじゃない。どちらかというと、やっぱり苦痛だ。
健康に良いから、意志強く目的意識を持って続けているというわけでもない。
ただ、一度の例外もなく、走り終えるとかすかな達成感を味わえるので、それを信じて、とにかく走り出す。
この感覚、バイクのロングツーリングによく似ている。
風を切って進む気持ち良さもあって、 ランニングと違い、もちろん、走りたくて走り出すのだが、距離が長くなると途中はつらくなる。
肩は凝ってくるし、お尻も痛くなってくる。そこが高速道路だったりすると単調で飽き飽きしてくる。
ふと、何してるんだろう、と思う。
移動するだけなら、4輪のほうがずっとラクだし、そもそも家でのんびりテレビでも見ている方が良かったかなぁと思ったりもする。
7月、みんなでリレーマラソンに参加するため、秋田まで往復した時は、まさにそういう気分だった(その時のレポートはこちら)。
さらに考えてみると、「ひとり旅」も似たようなものかもしれない。
ワクワク、ドキドキしながら旅立ったものの、あてのない旅は、孤独感や疎外感に襲われて、必ずしも楽しい時間にはならない。
貴重な休みをつぶして、お金も使って、俺は何をしているのだろう、という気持になることもある。
見識を広めることが将来に向けて自分の財産になる、と言い聞かせてみるが、本当にそうなのかと疑う自分もいる。
ホンダのCMじゃないけど、そんなの幻想だ。
自分にとっての財産は、たいていの場合、楽しいことより、嘆息の日常の中にある。
ランニングの最中は、極端に思考能力が低下するから半ばぼんやりしているが、
バイクだとある程度頭も働くので、思考が横滑りしながら、飛躍していく。
そして、とうとう「人生も似たようなものかもしれないな」という考えに達する。
いろいろ勉強させられ、義務やら権利などを教えられ、有為な人生を歩め、と諭されて大人になってきたが、そもそも明確な意志や意欲や夢や目的意識を持って生まれてきたわけじゃない。
いろんな本能的欲求に衝き動かされながら、右往左往してきただけじゃないか。
食べないと生きていけないし、仲間外れにされると生きにくいので、親や教師や友達や同僚や上司や親類や家族や隣人の顔色を見て世渡りしてきただけじゃないか。
そして、心から楽しく喜びを感じる瞬間はほんのわずかで、単調な毎日にため息をつきながら、我慢し続けている時間のほうが圧倒的に長い。
ランニングも、ツーリングも、旅も、人生も、同じ・・・
そんなことを言いながら、またまたホンダのCMのフレーズを借りる。
だからどうした! スタートは、そこからだ!
幸か不幸か、哲学的な悩みで人生を棒に振るほどナイーブじゃない。
先がどうであれ、走り出せばいいんだ。
というわけで、今度の株主総会の日の晩から、5泊のツーリングに出る。
何十年ぶりだろう。
これに備え、バイクもちょっと改造した。
シートをシングルにして、バッグをフレーム直付けに。
ヘルメットにスピーカーを付けて、携帯ナビの音声が聞こえるように。
半分は仕事だけれど、とっても楽しみ。
さて、長い道中、どんな思いが頭の中をよぎるのだろう。
健康に感謝、平和に感謝、自由に感謝。
Before
After



