先週末「 東京モーターショー 」に行ってきた。
数えて44回、会場が東京に戻って3回目。幕張メッセの頃に比べてコンパクトになってしまったような印象を受けた。
ちなみに、第1回は1954年開催だったそうで、私の人生とほぼ重なっている。
そうか、私は日本におけるモータリーゼイションの発展とともに生きてきたことになるわけだ。
「モーターショー」にも10数回は来てるかもしれない。
当然、2輪を中心に見て回ったのだが、展示台数が少なく残念。私には「モーターサイクルショー」の方が楽しい。
ただ「モーターショー」の見所は、時代の空気を感じられる点にある。来場者の年齢層や熱気、人気のコーナー、メーカーの力の入れ所。
今回は、話題の「自動運転」がクローズアップされていた。
数時間かけて展示をひととおり見て回った後、当社もメンバーに加わっている「 自動車旅行推進機構 」が主催するシンポジウムに参加してきた。
今回のテーマは「カーたびの明日〜未来のクルマは旅をどう変えるか」。
こんなことができるようになる、こんなふうに旅が変わるかもしれない・・・
断片的には面白いアイデアも聞けたが「夢がひろがる」という気分にはまったくなれなかった。
この60年間で、車も家電品も驚くほど便利になり、我々の生活を変化させてきた。みんな新製品に驚き、あこがれを抱いてきた。
でも、最近は、そんなトキメキがめっきり少なくなった。
パソコンやネットや携帯電話の分野では熱が残っているかもしれないが、何かしっくりしないものを感じている人も少なくないように思う。
人間の本能や生理に対して、モノがじゅうぶん高機能になりすぎたのかもしれない。
サービスが押し付けがましくなっているようで、「夢見る」ことを無理強いさせられているようで、頭は面白がるけど、心が躍らない。
逆に、アナログで古臭いものが「懐かしく新鮮で」しっくりきたりする。
仕事がら、高速道路を使って長距離ドライブをする機会が少なくない。退屈である。苦痛である。そんな時、車が「自動運転」してくれればラクだと思う。
でも、そんな未来にワクワクしているわけではない。
総称して「スマート・モビリティ」。ビッグデータの上で管理され、予定調和的な快適さをなぞる。
それは、旅の本質に逆行するものに思えてならない。
年甲斐もなく、最近バイクでサーキットを走り始めている。
革ツナギなどの装備品を含めお金がかかる。休みの日に早起きして疲れてしまう。下手くそで悔しいし、危険じゃないけど少し怖い。でも楽しい。
私の愛車にはABS(アンチロック・ブレーキ・システム)もトラコン(トラクションコントロール)もいらない。
機械任せの安全や便利さを求めるなら、そもそもバイクに乗りたいと思っていないし、旅に行きたいとも思わない。
そんな人生なんてつまんない。



