「井原店」と「函館店」のオープン準備にはさまれた今週、一足早い夏休みをとってクルーズ旅行に出かけた。
こんな忙しい時に、と自分でもいら立つが、去年申し込んだ時にはこんなタイミングになるとは思っていなかった。
キャンセルしようかという迷いもあったが、目的地が滅多に行けない小笠原なので、振り切った。



東京から1000kmも離れた絶海の孤島、世界自然遺産に指定された独特な生態系、白人などが先に住み着いたという特異な成り立ち、戦争、占領、返還を経てきた歴史。
好奇心が刺激され、一度はその場所に立って、自分なりに感じてみたいと思った。
あらかじめ情報処理されていない生の空気、バーチャルではけっして得られない。
五感のアンテナを伸ばし、感性で自らの心の反応を探る。これこそが旅の楽しみだ。



滞在は2日間。オプショナルツアーに参加して父島の森や浜辺を散策、固有の生物やその進化を解説してもらう。
青い海と常緑の山々の素晴らしい眺め、人間の身勝手と自然の深みを実感できて暑さを忘れた。
ところが、いつものことながら、ここで暮らすガイドさんへの興味の方がどんどん強くなる。


父島に住む彼女は、20年前にダイビングが好きで島に移り住み、ふたりの子供を育て、上のお嬢さんはこの春北九州の大学に進学したそうだ。
常々言っていることだが、日本の社会はレンジが狭くて、「普通」に生きていくことへの同調圧力が強い。


それが人一倍嫌いなくせに、同じように相手の「普通」からの距離を測って、納得しようとする俗物の自分がいる。


どうやって生計を立てているの? 「普通」の人生から外れることへの迷いや抵抗はなかったの? ご主人は? いつか島を離れて本土に戻るの?
根掘り葉掘り聞きたくなるが、それは彼女のプライベートなことで、観光客がそんな質問をするのは失礼だという良識は持ち合わせている。
でも、もし尋ねたとしても、すらすら答えてくれるか、話す必要のないことでしょときっぱり断るような毅然とした雰囲気が彼女にはあった。


海外のあちこちを訪ねるといつも、故郷を遠く離れて生きるガイドさんたちの人生を覗いてみたくなる。
訊かれることも多いのだろう。自分から面白おかしく話してくれる人もいる。
共通しているのは、そんな彼らがとても魅力的なことだ。
多分、日本人としての「普通」と違う生き方をしてきたことへの迷いや悩みが彼らを自覚的にし、人生を選び取っている意思や意志がそこにあるからだと思う。
私は、そういう人間にとても強いシンパシーを感じる。
仲間内のなれ合いに安住しようとする人を好きになれない。日本人にはそういう人が多すぎる。どんどん増えて劣化しているような気がする。
「旅籠屋」を起ち上げた思いの半分は、この辺りにある。


ところで、こんな仕事をしているが、私は旅マニアでも、旅の達人でもまったくない。
恵まれたことに、毎年のように数日は海外に出かけているが、ほとんどはガイドさんに頼る。
説明を聞かないと気づかないままに終わってしまうからだ。
もう一度若い頃に戻れたら、留学して、言葉を覚えて、暮らしてひとりひとりとコミュニケーションしたいと思うが、さすがにもう遅い。
だから、ある意味上っ面の観光旅行なのだが、それでも感じることは多い。


毎回のように気になるのは、ルームメイクに携わる人たちに出稼ぎや移民と思われる人々が多いこと。
なんとなく、嫌な感じがする。
人種差別の国に行って、自分が「名誉白人」として遇されているような居心地の悪さ。
チップを渡すのも、上から目線みたいで、気が引ける。
先進国だとその確率が高い。アメリカも、イギリスも、フランスも、ドイツも。
北欧にいくと違っていてほっとする。


浅草の近くに引っ越してきて、もう20年以上になるが、最近、どんどん外国人が増えている。
犬の散歩をしていてすれ違う人の半分以上は、日本人じゃない。誇張ではない。
この1年で、家の周りにインバウンド客向けのホステル、簡易宿所が3軒もオープンした。
東横INNやアパホテルから出てくる人も大きなスーツケースを引いている外国人が多い。


世界中の人たちが、自由に行き来できる平和で豊かな世の中は素晴らしい。
私も、もっともっと未知の国々に行ってみたい。
多少なりとも異文化体験と相互理解が深まることは、無知による誤解や恐怖のプロバガンダに抗する貴重なことだと思う。


でも、私は、度を越した、無遠慮な異邦人の襲来はけっして健全なことだと思わない。
そこに暮らしている人がマジョリティで、観光客はあくまでマイノリティであるべきだと思う。
ちょっとお邪魔します、という謙虚さとリスペクトが失われたら、観光は生活や文化やアイデンティティを破壊する。
これは、国内においても同じことだ。
こんな仕事をしていながら、私はいつもこんなバランス感覚にこだわっている。
インバウンドの波に乗ってひと稼ぎ、空き家になったワンルームマンションを民泊に活用、なんていう感覚は好きになれない。
ナイーブ過ぎると言われるかもしれないが、こんな感覚を失いたくない。


この数か月間、「カンブリア宮殿」というテレビ番組の取材を受けた。
数日後に放映される。ありがたいことだ。
だが、先日予告編を見たら、嫌な予感。
上に書いたようなことをたくさん話したのだが、またぞろ「ユニークで格安な宿」という紹介に終始するかもしれない。
そうでないことを願っている。
「旅籠屋」に込めた思いが、少しでも伝わればよいのだけれど。