新型コロナウィルスのニュースで、連日大騒ぎである。
海外からの宿泊者が2%前後ときわめて少ないため、直接の影響は小さいのだが、それでも国内旅行を控える動きも顕著になっており、全国の店舗でキャンセルが相次いでいる。
昨年夏に毎週のように襲来した台風の影響に加え、こうした外的な要因による旅行客の減少は悩ましい。
しかし、これは、我々にはどうしようもないことであり、一喜一憂することなく、いつもと同じように客室を整え、全てのお客様を笑顔でお迎えすればよいと割り切っている。
それにしても、日本人は、横並びの自粛に走る人が多いような印象を受ける。
26年前、旅籠屋の創業を計画していた時に受けたアドバイスを思い出す。
「アメリカのMOTELのような宿泊施設を日本に? たしかに、アメリカにはあんなにたくさんあるのに、日本にはありませんよね。喜ぶ人はいるかもしれませんね。
でも、ビジネスとしては、うまくいかないかもしれませんよ。だって、ガソリンスタンド、コンビニ、ファーストフード、ファミリーレストラン、ショッピングセンターなど、
ロードサイドで誕生したビジネスはすべて日本に導入され、これだけ巨大になったでしょ。うまくいくなら、どこかの企業が、とっくに始めているはずだと思いませんか?」
日本人的な発想である。みんながやってるなら安心、誰もやっていないならやめとこう。 乱暴に言えば、アメリカ人は反対かもしれない。
誰もやっていないなら、やってみよう。みんなやってるなら、やめとこう。
政府は一斉に学校の休校や規模の大きなイベントの自粛を求めている。これに対する反対意見も多いようだが、オリンピックの中止や延期を避けるという目的もあるのだろうし、これについてここで批判するつもりはない。
私が違和感を持つのは、個人個人が風評に惑わされ、半ば恐怖に駆られて判断力を失って感情的になっていることだ。
店頭からは マスクや消毒薬だけでなく、ティッシュペーパーやトイレットペーパーや紙おむつまでもが消えている。再びの光景である。
自粛を求めるのは禁止する法的な根拠がないからなのだが、これに従う自治体や企業、そして個人が相次いでいる。
みんな、「何かあったらどうするんですか? 責任をとれるのですか?」と言われるのを恐れているのである。
正論を言っているつもりかもしれないが、本音はそこにある。反論を封じ、異論を避ける。
考えてみたら、そんな言い方は無茶苦茶である。卑怯である。
生きている限り、何らかのリスクを負って生きている。大勢の人間がひしめき合って生きている現代社会はリスクの上にしか成り立たない。
いや、現代社会に限らない。古今東西、生きるということはそういうことだ。
昔放映されていた損害保険会社のテレビCMを思い出す。YOUTUBEに残っていた。 これである 。
新型コロナウィルスは、感染力が低くないようだ。でも、重症化する可能性も低そうだ。
かつて流行した新型インフルエンザと比較しても、過度に危険視する必要はないのではないか、それが、現時点での客観的かつ科学的な見方のように思う。
自主的に通勤や通学を控えたり、用品を備蓄したりすることを否定しない。自己判断でどうぞというだけだ。
私の場合、睡眠と休養をとるように心掛け、できるだけ人ごみを避けたりするだけで、あとは日常どおり。
ただし、宿泊業を営む立場としては、一般の人以上のリスクを引き受けてでも、ぎりぎりまで店舗の通常営業を維持し続けるよう覚悟を決めている。
医療関係者や自治体関係者など公益性のある仕事に従事している人間はもちろん、誰だって自分の持ち場を守る、
社会人としての責任やプライドって、こういう時のためにあるんじゃないか、と私は思う。
その意味で、勝浦の「ホテル三日月」の人たちには心からの敬意を抱いている。
いろいろ批判されている「ダイヤモンド・プリンセス」のスタッフに対しても同じだ。もちろん、船長は最後まで船にとどまったはずだ。
当然のことを行うことは、なかなか難しい。みんな、ヒステリックに魔女狩りしている。自分第一なのはわかるけど、人のせいにばかりするのはやめないか。
自分たちの身を守ることを冷静に考え、静かに行動すれば良いのだ。
さぁ、必要以上に、ワイドショーやニュースを見ないようにしましょう。
治療法がない以上、検査だって、受けたって仕方ない。
無用な心配をせずに、心を落ち着けて体調を整えるように心がければいいんです。



