6月末が決算日の旅籠屋は、決算作業の真っ最中。
今月に入って監査法人による会計監査が始まり、今日ようやくほぼ終了した。
前期は最後の4ヶ月ほどがコロナ禍の影響を受け11期ぶりの赤字になってしまったが、今期は通年なので赤字の大幅拡大は避けられない見通しだ。
前々期は年間稼働率が初めて70%を超え、売上高も黒字額も過去最高だったので、あまりの落差に落胆は大きい。
しかし、こんな1年間においても稼働率が50%を超えたことに勇気づけられる。だから売上高はピークだった前々期の3/4ほどをキープしているのだが、固定費の比率が高いビジネスなので利益額は大幅に下振れしてしまう。
売上高に比べ固定的な人件費と店舗オーナーに支払う地代家賃がそれぞれ4割、つまり全体の8割以上を占めているのでこういう結果になってしまう。宿泊業全般に共通する特徴である。
そのため人員削減を含め給与の引き下げや家賃の減免を行う同業者が少なくないようだが、当社は検討すらしてこなかった。何より大切にしてきた信頼関係は守らなければならない。
常々500年も1000年も続ける価値のある事業だと言ってきたが、だとすればいずれ収束するに違いないコロナ禍に惑わされるべきではない。明治維新や関東大震災や太平洋戦争の災禍に比べてみればよい。
金融機関に求められたこともあって向こう3年間の事業計画書を作成したが、コロナ禍の影響は来年2022年いっぱい続くと予想した。それでも再来期には、売上高・利益とも過去最高となる可能性がある。
それにしても、新型コロナウィルスを恐れ委縮してしまっている日本人のなんと多いことか。テレビや新聞などマスメディアは1年以上も恐怖を煽り続けている。
いきなり個人的な話しになってしまうが、先日ランニングのために何年も通っているスポーツジムから警告書が送られてきた。マスクの着用ルールに従わなかったからだ。運営会社の考え方もスタッフの立場も理解できるから、何も反論せず退会手続きを行った。
端的に言うが、陽性者が日本よりはるかに多いイギリスにおいて、ワクチン接種が進み重症者や死亡者が大幅に減少していることを理由に規制解除に踏み切ったジョンソン首相の決断に私は拍手を送っている。
こういうことを書くと批判が殺到しかねないが、いずれコロナ禍は収束し、しばしの沈黙の後、世論は反転するに違いない。毎日毎日「感染者数」を数えて一喜一憂していたあの時の騒ぎは何だったのか、季節性のインフルエンザと大差なかったのではないかとワイドショーのコメンテーターは言い始めるだろう。


こういう時には国民性や個人の価値観の違いが顕著に見えてくる。個人と社会の関係、リスクのとらえ方。
同調圧力を感じながら、議論を避けて表面的な平穏を求める、心の中の違和感に蓋をして考えることをやめてしまう。
そんな人が多いのが日本人の特徴のように思う。
話しは飛躍するが、社内で指示を出す時「してもらえませんか?」という疑問形で話すのはやめるべきだ、と昔から何度も何度も注意してきた。それは、印象は柔らかくなるが相手に判断を委ねることで、こちらの意図や立場を曖昧にしてしまう。
テレビを見ていても、「~と思います」という言い方をせず、「とは思います」とか「~し、」でダラダラと話をつなぎ、最後の動詞を鮮明にしない話し方が増える一方だ。


優しい日本人? 曖昧にすることによって表面的なぬるい雰囲気を守り、傷つくことから逃げ、考える手間も省く。
卑怯でずるくないか?
臆病な日本人、自分の中にそういう面があるからこそ、そうなりたくないと自戒してきた。
高校卒業以来50年、私はこれを守り続けてここまで来たのだけれど。