TKC「戦略経営者」に連載されたコラム


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2004年の1年間、雑誌「戦略経営者(発行:TKC)」に、連載の機会をいただきました。
ベンチャー企業経営者の苦労話や本音を綴る、というのがテーマでした。
発行者である株式会社TKCの了解をいただき 、以下に転載します。
重複する部分が少なくありませんが、「旅籠屋日記」と 同様、
「旅籠屋」が、社会の中でどのような存在になることを目指しているのか、
その理念とコンセプト、背景にある感性の源泉を汲み取っていただければ幸いです。

1
気がついたら「ベンチャー経営者」

2004年1月号掲載

2
資金は会社の「燃料」だが、それだけでは・・・

2004年2月号掲載

3
短気は損気、頭では分かっているのだが・・・

2004年3月号掲載

4
グリーンシートはベンチャー企業の救世主

2004年4月号掲載

5
本当に価値のあることを伝えたい

2004年5月号掲載

6
経営者個人の発言は公私混同か

2004年6月号掲載

7
気骨のある投資家はどこにいるのか
2004年7月号掲載
8
社長を見た目で判断してはいけない
2004年8月号掲載
9
煩雑すぎる決算処理
2004年9月号掲載
10
予断と偏見で門前払い
2004年10月号掲載
11
人間はナマモノ
2004年11月号掲載
12
若きアントレプレナーたちへ
2004年12月号掲載

1.気がついたら「ベンチャー経営者」
「ベンチャー、ベンチャー」という掛け声が今もアチコチから聞こえてくる。不況脱却の特効薬のように持ち上げる人も少なくない。新しいアイデアやビジネスが生れることは、世の中に活力を与えることだから、もちろん良い。既成の組織や生き方に安住せず自己責任で自分の世界を開拓していこうとするベンチャースピリットも、とくにこの日本においては値打ちのあることだ。
しかし、これは一般論で、個別の場面を見れば、ベンチャービジネスなんてけっして夢のような世界ではない。これらがゴチャゴチャになり、無数のバブルや幻想を生んでいるように感じられる。

そんなわけで、悪戦苦闘の渦中にいる私に「本音を書け」とのご指名があった。世の中を客観視できる専門家でも、功なり名遂げたカリスマ経営者でもないので躊躇したが、畏れ知らずを承知のうえで、ベンチャー経営者の生(なま)の声を聞いていただく。当たり障りのある放言を含め、生の意気はお許しいただきたい。

くたびれた中年サラリーマン
はじめに、少し自己紹介。私は、40歳近くになって2度ほど転職を経験したが、42歳の時に今の会社を興すまでは基本的にずっと会社員。学生時代は映画づくりに没頭していたので、もともと安定志向という性格ではなかったが、かといって自分が起業家に向いていると思ったことはないし、憧れていたわけでもなかった。会社の中で広告宣伝や新商品の企画を立てるスタッフ、有能なリーダーを支える実務家というあたりが適任で、実際そういう仕事を長く担当していた。ところが、こういう業務はルーチンワークを担うセクションとの折り合いが難しく、経営者やボスに恵まれないと力を発揮できない。どうにも煮詰まってしまった挙句、「自分で始めてみるしかないか」とやむを得ず「脱サラ」したというのが正しい。

留学から戻った友人に「アメリカにはMOTELというのが無数にあって、安くて広くて気楽で、家族旅行には重宝したよ。日本にもああいうのがあればなぁ」という土産話しを聞き、激しく同意したのがすべての出発点。功名心に突き動かされたという記憶はない。言われてみれば誰も実現したことのない「ベンチャービジネス」そのものだったが、多少は人生にくたびれた中年で、「アントレプレナー」なんて自分とは無縁の世界の言葉だと思っていた。結果的にそれが良かったと思うのだが、それはまた別の機会に。

気がついたら「ベンチャー経営者」
日本にはありそうでなかったアメリカンスタイルのロードサイドホテル。マイカー旅行者が誰でも気軽に泊まれる素泊まりの汎用ロードサイドホテルチェーン。当社の事業の説明はこれで十分。新技術とも無縁だし、時代の先端を走るニュービジネスというイメージでもない。実際1995年に1号「ファミリーロッジ旅籠屋・鬼怒川店」という客室16室のミニホテルを開業し、私自身が住み込みの支配人を勤めていたときは文字通り「旅籠屋の主人」という自称がぴったりの地味で小さな事業だった。3年後、当初の計画どおりチェーン展開を決意し、東京に戻って本社オフィスを開設したが、資金も実績もなく、いつまで経っても2号店の見通しは立たなかった。「利用者にはほんとうに歓迎されているし、巨大な潜在需要も確信できたから、少しずつ店を増やしていければ良い」と考え、ひとり「一灯照隅」などと呟いていた。
そんな事業に転機を与えてくれたのが、生命保険会社の営業マンの「未上場会社でも公募増資で多額の資金を集められるグリーンシート市場を知ってますか?」という言葉だった。万策尽きかけていたこともあり、ダメもとで事業説明に出かけたのだが、その場で事が決まり、1ヵ月後には公認会計士の会計監査を受け、2ヵ月後には個人投資家向けの説明会を開き、3ヵ月後には資本金が1億円近く増えていた。ストリートミュージシャンがいきなり小ホールの舞台に招かれ、スポットライトを浴びてしまったという感じ。気がついたら、「ベンチャー経営者」の末席に加えられていた。

暗中模索を抜けても悪戦苦闘
公募増資をきっかけに、チェーン展開も具体的に動き始めた。中小企業金融公庫からの「新事業育成特別融資」、ベンチャーキャピタルを含めた第三者割当増資、民間の金融機関からの借入れも実現し、店舗数も7に増えた。
しかし、チェーンビジネスの宿命で、損益は今期初めて黒字転換できそうな状況で、資金繰りもけっして楽とは言えない。
次回からは、現在進行形の苦労話しと溜まった怒りを聞いていただこうと思う。


「ファミリーロッジ旅籠屋・沼田店」


2.資金は会社の「燃料」だが、それだけでは・・・

“ベンチャー経営者”に必要なこと
同じ経営者でも、サラリーマン社長と「ベンチャー経営者」では求められる役割や資質が違うように思う。歴史のある大会社には良くも悪くも既存のシステムや過去からの蓄積があり、極論すれば誰が社長になってもクルージングできるが、ベンチャー企業は社長の体調ひとつで墜落したりもする。機長や操縦士であると同時にエンジンそのものだからである。寄せ集めの材料で作った機体に乗り込み、あっちへ行け〜とばかりに蛮勇をふるって飛び立ったものの、航路図もなく誘導してくれる管制官もいない。振り返れば心配顔の乗組員が増えていて機体は重くなり、燃料も底をついてくる。蛇行が始まっているが、フラップの操作もおぼつかない。設計ミスかもしれない。もちろん着陸の方法も知らず、今更どうしようもない。そうこうするうちに厚い雲の中に突っ込んで目的の方角も見失い、もはや、オーバーワークのエンジンが焼き付かないことを祈るばかり。

エンジンが回り続けるには燃料と点火のための熱が欠かせない。燃料とは「お金」、熱とは「情熱や意欲」である。そして、機長や操縦士に必要なことは行く先を見定める「目的意識と方向感覚」、地図を読みマシンを操る「知識や経験」である。「ベンチャー経営者」には、これらすべてが求められるように思う。

「資金繰り」が基本だが、それだけでは意味がない
稚拙な例えが続いて恐縮だが、会社はすでに飛び立ってしまった飛行機である。とすれば、他のことは置いても資金繰りが大切。燃料さえあれば飛んでいられる。経営者の最大の務めは運転資金を確保し続けること、これに尽きる。しかし、時には燃料切れの不安に耐えながらも遠く高く飛ばなければならないこともある。最近味わった経験事例を紹介しよう。

「ファミリーロッジ旅籠屋」は現在7店舗。建物の基本はすべて同じなのだが、4年前にオープンした「那須店」だけは唯一既存建物の改築だったため、客室内の設備や仕様が少々劣っている。支配人室も狭い。そこで、冬を前に1,500万円を投じて改築工事を行うことにし、取引のある政府系金融機関に同額の融資を申し込んだ。ようやく今期は黒字転換できる見通しが立っていたし、金額も小さかったため、問題なく借りられるだろうと考えていたのだが、結局不調に終わってしまった。理由はひとつ。「資金繰り」を考えれば、新規投資は抑制すべし。

たしかに、年間の売上げが3,000万円足らずの店舗にこれだけの投資を行っても回収には10年以上かかる。ようやくプラスになった営業キャッシュフローが借入金の返済で消えてしまう現状では新規投資には慎重であるべきだ。しかし、利用者に不便を強いる状況をわかっていながら続けるのはもうイヤだ。シンプルな宿ではあるが、支配人が胸を張ってお客様を迎えられる「旅籠屋」でいたい。これは、ブランドの確立とかリピーターの拡大といった販促戦術というより、会社の基本に関わる本能のようなものだ。

多くの「ベンチャー経営者」が資金繰りの心配で不眠症に悩んでいる。背に腹は代えられないとやりくりを繰り返している。それは誠実である証拠だ。しかし、気がつくと、一番大切な創業の思いを裏切っているかもしれない。「なんとなく飛んでいる」だけなら、飛び立つ必要はなかったのだ。お客様はもちろん、乗組員である社員や株主に対しても、「目的地に向かっている」姿でいたいものだ。
もちろん、無謀な操縦はできない。「何とかする」という「責任感」は必須。でも「ベンチャー経営者」には「何とかなるさ」という「楽観主義」も大切です。


改装工事の終わった 「ファミリーロッジ旅籠屋・那須店」

3.短気は損気、頭では分かっているのだが・・・

ベンチャー企業の天敵は、先例主義、形式主義、減点主義
「ファミリーロッジ旅籠屋」8号店の建設工事が進んでいる。場所は仙台市の南、亘理町の国道6号線沿い、4月28日オープンの予定だ。
こうした新規出店は、俗に言う「建て貸し」、つまり土地のオーナーに建物を建てていただき、当社がこれを一括して借り上げてホテルの経営と運営を行う方式で行っている。約8千万円の投資に対して毎年800万円以上の家賃が20年間。市街地を離れた郊外で、物販や飲食に比べ立地条件がゆるいため、利用の難しかった遊休地活用法として多くの引き合いを頂戴している。しかし、両者が合意したとしても役所の許認可とオーナーの資金調達の問題をクリアーしなければならない。

店舗数が増え実績も積みあがってきたから、最近でこそ「旅籠屋」の説明に苦労しなくなったが、10年前、1号店を準備している頃は随分と情けない思いをした。日本でMOTELといえばラブホテルの代名詞になっているので「アメリカに無数にあるロードサイドの素泊まりのミニホテルです」と説明するのだが理解してくれる人は稀で、言葉の端々に「どうせ、ラブホテルじゃないの?結局はそうなっちゃうんじゃないの」という疑念や警戒心があからさまに見える。出店用地を探そうにも不動産屋には相手にされず、旅館業法にもとづく営業許可申請を出した保健所では喧々諤々の論争になったりもした。
「規則や通達の枝葉末節を機械的に押し付けるのではなく、法の趣旨にもとづいた判断をすべきじゃないですか」信じられないかもしれないが、そこにはフロントカウンターの大きさまで書かれてあったりする。冗談じゃない、そんなことは役所が決めることじゃない。「そもそも法律が想定していないスタイルの宿泊施設だから判断できないというのなら、県の保健衛生課であれ、中央の厚生省であれ、行く所まで行って話しをしようじゃないですか」と声を荒げたりしたものだ。

行政というものは、定められた法律や条令に従って作業を行うわけだが、それらは通常現実の後追いであって新しい事象に対応していないから、機械的に規制を適用しようとすると新しいビジネスの芽を摘むことになる。私権を制限していることの自覚や、抑えつけるのではなく誘導する姿勢を求めたいが、そういう人間は少ない。先例がないから規定に従うしかないと重箱の隅をつついてがんじがらめにしてくる。保身のためにはトラブルや責任から逃れたい、そのためには排除してしまう方がラク、というのが役人の習性のようだ。

誠実な仕事にはリスクがともなう
残念なことに、こうした傾向は金融機関を初めとする大企業にも広く認められることだ。昨年も着工直前になって、オーナーの借入れが不調になって計画が白紙になったことがある。理由を聞いて無性に腹が立った。担当者が「ラブホテルの建築資金には融資しない」と言ったのだそうだ。地元の役所は「地域の活性化につながることですから大歓迎です」と言っているのにである。そういえば、10年前の会社設立の時にも都市銀行に資本金の保管預り証の発行を拒まれたことがある。融資の申し込みではないから何のリスクもないはずなのに、実績のない会社は門前払いをするという内規があるらしい。

担当者が悪いんじゃない、ないものねだりなんだよ。短気は損気、もっとねばり強く、頭ではわかっているのだが、黙っていられなくなる。
誠意を持って仕事をしようとすれば、その本質に立って判断する必要がある。決断には責任がともなう。そのリスクを引き受けて取り組むことが世の中のためになり、やり甲斐につながると思うのだが。


許認可で苦労した1号店「ファミリーロッジ旅籠屋・鬼怒川店」

4.グリーンシートは、ベンチャー企業の救世主
グリーンシートは、ベンチャー企業の救世主
1回目にも書いたが、当社が「ファミリーロッジ旅籠屋」のチェーン展開を具体化できたのは、グリーンシート市場に登録して公募増資に成功したおかげである。200名近くの個人投資家から寄せられた9,900万円の資金がなかったら、いまだに「鬼怒川店」1軒だけの事業にとどまり、「シンプルで自由な、旅と暮らしをサポートする」という理念も空虚な理想に終わっていたかもしれない。

グリーンシート市場は、規制緩和の方針に沿って創設された「気配公表銘柄制度」をもとに、1997年、日本証券業協会によって開設された未上場株式の発行流通市場である。しかし、その立ち上げに奔走し、実際に登録企業60社を超えるまでに育ててきたのはディーブレイン証券の出縄社長の情熱と手腕によるところが大きい。株式市場というものは、すでに成功した企業の権威付けのためではなく、本来、新事業を軌道に乗せようとするベンチャー企業が資金を調達できる場であるべきだ、という氏の主張は正論であり、少なくとも当社にとってグリーンシートはそのとおりの役割を果たしてくれた。

ベンチャー企業には、新しいアイデアや情熱はあっても、これを事業として成立させていくための「人・物・金」が決定的に不足している。当社の場合も、店舗という「物」を増やすために「金」が必要だったのだが、赤字の、それも他に先例のない事業を行っている企業に融資してくれる金融機関などあるはずもない。将来性のみを評価いただき、多額の資金を調達できる場として、グリーンシートは唯一の救世主だった。

市場への登録で、会社が変質する
資金調達という面だけを強調したが、公募増資によって会社が良い意味で変化することを忘れてはいけない。第三者の資本が入るということは会社が公的な存在になるということだ。登録に先立つ審査や会計監査を通じて、経営の健全性が問われる。登録後は、四半期報告書の提出が求められ、株主総会で厳しい質問を受けることもある。ひとりで興した会社であっても私物ではないことを痛感させられる。結果や将来計画についても、きちんとした説明責任を負うことになる。

後ろ向きに考えれば、こうした作業は面倒で、不自由なことかもしれない。しかし、どんぶり勘定や公私混同を排し、経営状態を常に把握することは経営の基本である。株主からの視線が緊張感を生み、日々の経営に刺激を与えてくれる。嘘をつかないこと、都合の悪いことでも隠さないこと、タイムリーに語ること、情報公開を徹底していけば、会社はどんどん透明度を増し、良い時も悪い時も胸を張っていられる。金融機関など外部から資料を求められた時も即座に対応できる。結果として、社外だけでなく社内においても、信用が高まっていく。

こうした作業や管理体制の整備は、そのまま公開市場への上場の下準備でもある。すでに複数の企業が、グリーンシートを卒業していった。私個人は、株式公開に憧れを抱いているわけではないが、リスクをとって当社に出資していただいた個人投資家に報いたいといういう気持ちを忘れたことはない。そのために、上位市場への公開も検討している。株式公開などということに関心も知識もなかった私が、こうしたことを考えられるようになったのもグリーンシートのおかげである。
残念ながら、まだまだ知らない人が多いようだが、ベンチャー経営者ならば、その可能性に挑戦してみることを勧めたい。詳しくは、日本証券業協会やディーブレイン証券のウェブサイトで。門戸は開かれている。


公募増資の資金によって実現できた「ファミリーロッジ旅籠屋・秋田六郷店」
5.本当に価値のあることを伝えたい
アイデンティティの曖昧な会社が少なくない
ベンチャー経営者の最大の務めは運転資金を確保し続けることだと書いたが、それに劣らず大切なのが、メッセージの発信者になることだと私は考えている。CIという言葉が聞かれるようになって久しいが、相変わらず「経営理念は社会に貢献すること」なんていう意味不明の言葉を見かけることが少なくない。求められているのは、その会社ならではの「らしさ」であって、他社との違いがはっきりしない美辞麗句なんて何も伝えない。私は、かつて住宅メーカーの広報宣伝を任されていたが、個別の商品にせよ会社全体にせよ、その特徴を明確にし、内外に認知し理解してもらうのは容易なことではなかった。表現するには、考え抜かれた耐久性のあるコンセプトが必要で、これはまさに経営トップの哲学と決断の所産なのだが、日本人や日本的な組織はこれが苦手なのである。

ようやくメッセージがまとまったとしても、これを社員が勝手に表現していたのでは曖昧になって誤解を招いてしまう。ロゴマークの使い方、言葉遣いのすべてにわたって露出する内容を統一しなければならない。取材を受ければ得意顔で答えたいというのが人情だが、すべてをトップあるいは直属の広報セクションに一元化するというルールを社内で周知徹底させなければならない。
しかし、ここまでやったとしても、肝心のメディアが的確に伝えるとは限らない。

マスコミのセンス
かなり前のことだが、あるテレビ局から取材の打診を受けたことがある。限られた広告宣伝しかできない当社にとって、こうした取材は大歓迎である。「ぜひに」と答えたが数日して再度電話があり、「最近注目されている新しい宿泊施設はユニークな工法や設備を採用して建築コストを大幅に下げているようですが、旅籠屋さんの場合は?」という質問を受けた。
宿泊業の場合、初期投資額の節減が決定的な影響を与えるから、当社でもさまざまな工夫を行ってきたが、ハード面で特別目新しいアイデアというものはない。そのとおり答えたらなんとなくがっかりしている様子だ。先方のねらいが見えてきた。
「車社会のインフラに欠落していた宿泊施設が誕生し、旅行スタイルに変化をもたらすことが重要です。そういう観点で取材していただけませんか?」例えばウォークマンや携帯電話は、技術革新による装置の小型化ではなく、その普及によって多くの人の生活スタイルが劇的にかわったことに画期的な意味があったのではないか、私はそういうことを訴えたかったのだが、話はかみ合わなかった。だって、利用者にとって工法や設備のコストなんてどうでも良いことではないか。結局、取材の話はそれっきりになってしまった。ジャーナリストとしてのセンスのない連中が少なくないのだ。

本当に価値のあることを伝えたい
最近の取材でも、店舗数の目標は?株式公開の予定は?というお決まりの質問を受けることが多い。ベンチャー経営者の中にも売上高の急増や早期上場を自慢する人が少なくない。人気商売のテレビタレントじゃあるまいし、数字やステータスなんて目標にすべきことではないだろう、と違和感を覚える。立身出世の物語よりも、カウンターパンチに込められたメッセージに値打ちがあるのではないか。

こうしたことを考えると、費用がかからず、直接ユーザーに情報発信できるウェブサイトはベンチャー企業にとって願ってもないメディアである。7年前、私自身が見よう見まねで開設したホームページがなかったら「旅籠屋」の現在は考えられない。今や、ベンチャー経営者の最大の務めはホームページをつくり更新することだと言いたいくらいだ。


新規オープンのニュースをリリースした「ファミリーロッジ旅籠屋・仙台亘理店」。
どのように報じられるのだろうか。


6.経営者個人の発言は公私混同か
経営者個人が発言することは公私混同になるのか
前回、ホームページの開設と更新は、運転資金の確保と並んで、ベンチャー経営者の重要な務めであると書いた。当社でも、7年以上前、まだ店舗が1軒だけ、社員も1名だけという段階でホームページを立ち上げ、私自身がその作成と更新を行ってきた。「日記」のコーナーも設け、日々感じたことや苦労話などをストレートに書き込んできた。ロードサイドホテルという新しい宿泊施設を、この事業に込めた思いを含めて理解して欲しかったからだ。これは経営者の本音に触れられる場として歓迎され、結果として大きなPR効果を生んだようだ。

しかし、最近の書き込みに対し、株主から「経営者の発言は会社に大きな影響を与える。個人的発言は好ましくない」との批判が寄せられた。「公私混同。代表取締役として信任できない」という厳しい意見もあった。イラク問題の中で感じた議論のすれ違いを題材にしたため、政治的な発言と誤解された面もあるが、会社の本質に関わる問題提起であり、あらためて経営者個人と会社の関係について考え、私なりの見解を4項目にまとめて掲載した。その概要を紹介させていただく。

個人と法人を明確に区別すべきであるという指摘について・・・
経営者の個性や信条が企業活動を牽引し方向付けていくことは否定されるべきことではなく、むしろ他社との差別化や社会的な存在価値を高めていくために必須の要素であると思う。ただし、公私混同による私物化や利益相反行為を排除するため、自主的に一定のルールを設けこれに従う必要がある。

会社の業務に直接関連のない話題には触れるべきではないという指摘について・・・
企業の理念や事業のコンセプトは、業務の遂行をとおして具現化されるべきである。ただし、それらは本来抽象的な目的意識や価値観を含むものであり、その醸成のためにも経営者個人が具体的な業務との関連の中でしか語ってはいけないとは思わない。

社会的、政治的、宗教的なメッセージは掲載すべきでないという指摘について・・・
企業が事業活動を離れた政治的、宗教的目的を追求することは適当でない。しかし、企業が社会的存在である以上、その活動は一定の社会性、政治性を持つのであり、それを自己目的化せず、企業の理念や事業のコンセプト実現のために行うのであれば制約を設ける必要はないと思う。

事業の拡大や株式公開などにともない、経営者個人の発言は慎むべきであるという指摘について・・・
不特定多数の株主を含めた利害関係者の増大と多様化に対する配慮、マスメディア報道などによる予期せぬ反応に対する慎重さが求められるが、部分的な反発や誤解のみを恐れた自主規制は本末転倒である。したがって、本質的な方針変更は必要ないと考える。

会社を私物化するようなワンマン経営者は論外だが、本来、法人と個人は別人格なのだから、両者の間には明確なけじめを設けるべきだという意見には説得力がある。こうした圧力を受けて、経営者はいつのまにか無口になり、多くの会社は無色透明になり人畜無害の存在になっていくのかもしれない。極論だが、株主は株価の上昇を願っているし、社員は利益が増えて給料が上がることを願っている。だからといって「経営者の務めは会社の利益を最大化することであって、業績に悪影響を及ぼすような発言はけしからん」というような要求にばかり応えようとすると、利益以外の存在価値や社会的存在は副次的な問題になってしまう。積極的にコンセプトを語り、追求しなくなったベンチャー企業っていったい何なんだろうという気がする。

企業の理念や事業のコンセプト実現のために、経営者は自主規制せず率直に語るべきだ。熟考の結果、私はそのような結論に達し、今までどおり、会社のホームページに「日記」を掲載し続けることにした。「賢明な」経営者とは言えないかもしれないが、私はそれで良いと考えている。


ホームページでのストレートな発言は是か非か

7.気骨のある投資家はどこにいるのか

ベンチャーキャピタルには失望した
あと1ヶ月足らずで会社設立からちょうど10年になる。赤字経営が続いていたが、10期目にしてようやく黒字転換できそうだ。感慨に浸りたいところだが、苦い思いも積み重なっている。そのひとつがベンチャーキャピタルへの失望だ。

企業が成長していくには資金が必要である。ベンチャー企業は実績も信用も乏しいから、銀行からの借入れは難しい。赤字経営であれば尚更である。しかし、成長性が高ければ増資という形で資金を調達する方法がある。エクイティファイナンス、これはベンチャー企業の特権かもしれない。当社の場合も、個人投資家向けの公募増資に続き、ベンチャーキャピタルに出資をお願いした時期がある。数ヶ月かけて10社ほどを回り、プレゼンを繰り返した。すでに事業が拡大しつつあったし、グリーンシート登録による信用もあったため、興味は持っていただけたが、結局大手にはすべて断られてしまった。理由は共通していた。「今後の成長速度が遅すぎる。5年以内に上場できるような急成長が見込めなければ投資メリットがない」。
たしかに「旅籠屋」は地道なビジネスだから、短期間で大化けすることはあり得ない。金融というものは純粋に損得の世界である。しかし、急成長する企業でないと投資価値はないということには納得できなかった。投資効率の予測数値だけがすべてなのか。例えば、多くの人が期待し、信頼し、共感するような事業であれば、それは間違いなく目に見える数字となって還ってくるはずだ。事業家の立場から見れば、それこそがもっとも大切なことなのに。

事業はマネーゲームではない
当時は、ITベンチャーがもてはやされていた時期、私が対面した人たちは大部分が30歳前後、いかにも目端の聞く感じで、マネーゲームを楽しんでいるような感性と対応は正直言って愉快なものではなかった。「もっとダイナミックな事業計画書に書き換えてもらえませんか」と誘う人もいたが、それは事業家に良心を売り渡せと言っているようなものではないか。

公開が見えてきた企業の匂いをかぎつける嗅覚?それも必要だろう。しかし、それだけなら、おこぼれにあずかるハゲタカやハイエナに過ぎない。冷徹な計算と読みの向こうに目に見えない新しい価値創造を仕掛けていく、群盲の投資家の資金に意味を与えていく、それこそがベンチャー企業投資の醍醐味だし、ベンチャーキャピタルの使命だと私は言いたかった。数字の背後にある人間の意思や意志によって現在と未来がつながっていく、それが市場メカニズムの妙味ではないかと言いたかった。私はプロの投資家に、事業家のロマンを共有して欲しいとは思わない。しかし、立場は異なっても、より高い次元で、共鳴できる世界があると、私は期待していたのだ。

とはいっても、彼らも所詮サラリーマンに過ぎない。ほんとうの意味でリスクをとれるのは個人なのだから、欧米のような個人中心のVCでなければベンチャー投資はできないのかもしれない。残念ながら、そういうことなのだろう。しかし、私が悔しかったのは、彼らから使命感のようなものが伝わってこなかったことだ。久しぶりの家族旅行を楽しむ利用者の笑顔、それを励みに客室の掃除に汗を流している従業員の思い、そういうことは彼らの想像力の外にあるらしい。

数ヶ月の時間を無駄にしたあと、第三者割当増資は小規模なVCと一部の既存株主の追加出資によって無事終了した。だが、後味の悪さは今でも残っている。ITバブルがはじけた後、日本のVCは変化しているのだろうか。


第三者割当増資の資金によって実現した「ファミリーロッジ旅籠屋・山中湖店」

8.社長を見た目で判断してはいけない

社長を見た目で判断してはいけない
会社勤めをしていた頃、トップがアホに見えたことがある。30歳前後のサラリーマンは生意気盛り。毎日忙しく働いていると、会社を支えているのは自分たちで、年寄りの役員連中は決断力も行動力もない「無能なお荷物」のように思えたりする。こんな不平不満を感じたことのある人は少なくないだろう。もちろん、その多くは一面的にしか物を見ていない世間知らずの決め付けだったことに後になって気付いたのだが、ひとつだけ最近になって得心したことがある。それは、会社の社長の仕事というものは、余人の目に映るものだけではないということだ。

大なり小なり会社というものは組織で成り立っているから、社員は与えられた権限と責任の範囲内で仕事をしている。何かトラブルがあっても、自分の範囲を超えれば上司や経営者に報告してその後の対応を委ねることができる。ところが、トップは最終権限者だから、人のせいにはできない。問題のすべてをそこで引き受けなければならない。ベンチャー企業の場合、従業員の数が少なく、組織の職務分掌も曖昧になっているから、トップが決断し、直接問題解決に当たらなければならないことがひじょうに多い。資金繰りなど社員に言えない心配ごとに加え、さまざまな厄介ごとがあちこちから集まってくる。時によって、社長室でぼんやりしているだけのように見えるかもしれないが、その心の中はストレスの塊なのである。社長なんて、社員が汗水流して担いでいる神輿に乗って偉そうにしている気楽な立場だと思っていたこともあるが、それはとんでもない誤解だった。

精神的な余裕を失わないことが大切
つい数日前、会社はちょうど10回目の設立記念日を迎えた。人一倍心配性でストレスに弱い私がよくもここまで社長を務めてこれたものだと思うが、そういう性格は必ずしも悪いことではなかったかもしれない。背伸びして過大なリスクを背負うことがなかったし、いい加減な大風呂敷を広げて信用を失うということもなかった。ベンチャー経営者に必須な資質として、バラ色の夢と未来を語り、周囲をその気にさせる楽天的な雰囲気というものがあるが、結果が伴わないと本人自身が自信喪失に陥ってしまう。社長が意気消沈してしまったらベンチャー企業はおしまいである。極論すれば、ベンチャー経営者に一番大切なものは、個々の実務能力よりも、楽天的な発想と現実的な判断力をバランスさせて活力を発生し続ける能力ではないかと思う。

中小企業の場合、なぜか会社の借金にはすべて社長個人の連帯保証が求められる。だから、大会社のサラリーマン社長と異なり、会社と個人はまったくの運命共同体である。だから、どこかに逃げ場を持っていないと元気を維持するのは難しい。

仕事オンリーではかえって危ないかもしれない。中小企業の社長さんの中には「道楽者」と呼ばれる人がいる。「道楽」にうつつを抜かして本業を疎かにしたり公私混同に陥るのでなければ、そうした余白は肯定的に見るべきなのではないかと思う。私の場合はどうだろう。昔からブルースハープやオートバイが趣味で、ハーモニカ教室の事務局をつとめたり、ひとり休みをとってレース観戦に出かけたりする。時に顰蹙を買うこともないわけではないが、こうした趣味は精神衛生上必要なことだと弁解しておきたい。来週はバンドの練習、再来週は鈴鹿サーキットに行って8耐観戦。束の間、仕事のことは忘れよう。


期待したほど稼働率が伸びず心配の種になっている「ファミリーロッジ旅籠屋・北上店」

9.煩雑すぎる決算処理

決算処理は煩雑すぎる
6月末日に決算日を迎え、7月はその処理に忙殺された。当然、経理処理はすべてコンピュータ上で行っており、いつでも試算表が自動集計される。加えて、当社の場合、生の経理データを常に公認会計士や税理士がオンラインで見られるようにしているから、あらためて膨大な資料を引っ張り出さなくても随時チェック可能だ(これほどガラス張りの会社も少ないのではないだろうか)。しかも、売上げも費用の支払いも現金のみだから掛けの勘定も存在しない。さらに小売業ではないから、棚卸しによる商品在庫の確認という作業もない。だから、決算処理も簡単に済みそうなものだが、実際はそういかないのである。

作業が煩雑になったことの直接の原因は、グリーンシートに登録したことによって、発生主義が厳格に適用されるようになったことによる。ホテル用品のストックなどについても棚卸によって貯蔵品勘定を立てるようになったし、締め日によってすべての費用科目で経過勘定への振替が求められる。店舗別の損益を明確にするため、すべての勘定を部門別に分けているから、これはかなり面倒だ。
期間に対応した損益計算を行うことは企業経営の実態を明確にすることだから、基本的に正しいことだが、不合理な作業を強いられる面もある。

社会保険は本来役所の仕事
事務処理を複雑にしている最大の要因は、消費税と社会保険料の処理だ。経理や総務に数多くの専門スタッフを抱えている大会社ならともかく、いわゆる事務全般を限られた人間が兼務して担当しているような中小企業ではこうした作業負担はけっして軽くない。税理士、会計士、社労士など外部の専門家に頼ればラクなことはわかっているが、1円の利益も生まないこうした「後ろ向き」の仕事に十二分の費用をかけられる余裕などあるわけがない。

ご承知のとおり、健康保険料や厚生年金保険料は給与支給時に源泉額を算出し、翌月中旬に納付額の通知が届いた時点で未払費用を立て、納付日に振替仕訳をしなければならない。部門別会計を行う場合は、これらを個人単位で分解し再集計しなければならない。労働保険料の場合はもっと複雑で、年に1度の見積りと精算、3回の分割払いのたびに公認会計士もお手上げの一覧表を作らなければならない。消費税もそうだ。課税対象かどうか、端数処理はどうか、経過勘定の消費税はどうなるか、何度説明を受けてもよくわからない。

こうした事務処理を行いながらいつも思うのは、社会保険に関する源泉徴収や経理処理は、本来、役所が行うべきことではないかということだ。制度が複雑になり、企業の負担も年々重くなっている。最近、正社員を減らし、社会保険への加入義務のないパートにシフトする会社が増えているというが、それは法定福利費の節減だけでなく、事務処理のコストを減らしたいということなのだと思う。我々は一方的に書類だけ送られて強制的に役所の手伝いをさせられている。年金改革の議論が盛んだが、負担額の問題だけでなく、事務処理の簡素化についてもぜひ考えていただきたい。複雑すぎる決まりは必ず守られないケースが増える。正直者が報われないような制度はモラルハザードを起こし、制度自体が瓦解する。現場では堪忍袋の緒が切れかかっていることに、気付いて欲しい。



7月にオープンした「ファミリーロッジ旅籠屋・小淵沢店」。 これで9店舗になり、経理処理もますます複雑に。

10.予断と偏見で門前払い
農協の体質に失望
ありがたいことに、「早く旅籠屋をアチコチに増やしてください」というメールをいただくことが多い。もちろん、誰よりそうしたい。手元に100億円あれば、今すぐにでも日本全国に100軒オープンさせたいところだが、お金に余裕がないというのはほんとうに悔しい。機会損失もいいところだ。儲けるチャンスを失っているというより、多くの旅行者が不合理な費用と時間を負担せざるを得ない状況が続いていることが情けない。

というわけで、当社では余剰資金に頼らず店舗を増やしていくため、5号店以降は、すべて土地のオーナーに建物を建てていただき、これを当社が長期間借り受けてホテルの経営・運営を行うという形で出店している。基本的に郊外立地なので、出店可能な遊休地は全国にあり、土地だけ売りたい、貸したいという話しは無数にあるのだが、あらたに建築費を負担して活用をしようという方は限られてしまう。20年間の家賃を保証し、追加の費用負担も実務負担もないのだから、たいへん堅実で安定した活用法だし、実際オーナーの方々には喜ばれているのだが、世の中の雰囲気が臆病になっているせいか具体化せずに終わるケースも多い。

そんな中で、ある店舗のオーナーから「私と同様、市街化区域内に非営農地を持っていて、税負担が重い遊休地を活用したいと考えている人は全国にたくさんいるはずだから、農協にこうした活用法をPRしてもらってはどう?」という提案をいただいた。さっそく、全国農業協同組合中央会(JA全中)の地域振興部に連絡を入れ事業説明に伺った。幸い興味を示していただいたが「こうしたことは全農の管轄なので」と、翌月、同じ建物の中にある全国農業組合連合会(JA全農)生産資材部を訪ねた。こちらでも同様に関心を示していただいたのだが、「具体的なことは東京支所が担当なので」と、半月後またまた同じ建物の中にあるJA全農東京支所の担当部署を訪ねることになった。「面白いですね。具体的な案件があったら連絡します」という所までようやくたどり着いたが、残念ながらそれっきり何の反応もない。せめて、アパート以外にもこういう活用法がある情報だけでも伝えてほしいと思ったのだが、しつこく催促するわけにも行かない。

そんな経過を前述のオーナーに愚痴ったところ、「さもありなんだね。それなら、農家の多くが購読している新聞に取り上げてもらってはどう?」という助言をいただいた。気を取り直して日本農業新聞のデスクを訪ね、4回目の説明。
あーしかし、その後改めての取材はなく、1行の記事にもしていただけなかった。
どんなビジネスであれ、売り込みはたいへんだ。結果がすべてなのだから、一方的にこうした相手の「無理解」を嘆くのは褒められたことではない。
しかし、その後、別の件で、出店交渉中の地主さんに言われたことで、とうとう私も書かずにいられない心境になった。その地主さんは「旅籠屋」を建てて土地活用する決断をされたのだが、建築費の融資相談に行った農協で「どうせラブホテルじゃないですか」と言われて断られたそうなのだ。車で1時間の所にある既存店を見に行くわけでもなく、当社に問い合わせがあるわけでもない。予断と偏見で門前払い。地元の町役場は「町の活性化になることですからぜひ出店してくださいよ」と大歓迎なのに、結局この話しは建築確認申請もおりて着工寸前の段階で白紙になってしまった。ごく一部の事例なのかもしれないが、あー農協って何なの?


田んぼの真ん中にある「ファミリーロッジ旅籠屋・水戸大洗店」。 車利用者向け、予約客中心なので、こんな立地でも出店可能。
11.人間はナマモノ
いちばん大切で、いちばん難しい・・・それは「人間」
言いたい放題の駄文を書き連ねてきたが、区切りよく1年で連載終了ということになった。書き漏らしたことがないか振り返ってみたら、いちばん重要なことに触れていなかった。「人間」のことだ。

どんなビジネスであれ、顧客の満足を得ることが大切だが、十人十色の個性と感性を持っている個人相手の商売の場合、焦点の絞り方が難しい。「万人に喜ばれる」と言えば聞こえは良いが、裏返せば商品やサービスのコンセプトが曖昧な証拠であり、新しいビジネスを展開しようとするベンチャー企業にとっては致命的な欠点になるかもしれない。旅籠屋の場合も、「和室や大浴場を」とか「部屋には寝巻きを、朝はおにぎりも」と求められたりするが、これらすべてに応えていると既存の宿泊施設と同じになってしまう。コンセプトに沿わない要望には応えず、筋違いの期待から生じる不平不満を甘受するという「覚悟」が必要だと思う。「自由に、経済的に、快適にお泊りいただく」ための努力や改善は惜しまないが、先回りしたサービスは付け加えない。これは創業者である私の起業の動機であり、その点に特化するから旅籠屋の存在意義がある。方針がぶれないことは、とても大切なことだと信じている。

もっとも悩ましいのは、社内の人間関係
顧客という社外の「人間」とは別に、社内にも「人間」がいる。大部分の経営者にとって最大のストレスになっているのは、むしろ後者の方ではないだろうか。「人事・労務」と題した実用書が書店に数多く並んでいるのは、その重大性と普遍性を示している。やはり、このデリケートな問題に触れないわけにはいかない。
旅籠屋は、現在、私を含め常勤22名の人間によって動いている。こんな小さな会社でも、人間関係の摩擦は常にある。思い出したくない記憶もいくつかある。素直に気持ちが通じ合うというわけにはなかなかいかないものだ。

各ホテルは小規模だから、住み込みの支配人夫婦に運営のすべてを任せている。もちろん、作業マニュアルがあり、フロント業務はオンラインの運営システム上で行うわけだから、基本的な統一性は保たれている。しかし、それぞれの職場は本社から遠く離れ孤立しているから無言の信頼関係に依存する部分が大きい。「信頼できるか、信頼されているか」という点に神経質になりがちで、それだけ思い込みや誤解が膨らみやすい。人生経験豊かな中高年が多く、人柄本位で採用しているから「大人の常識」に支えられてはいるが、それでも経営者と社員、店舗同士など、立場の違いによる差は埋めきれない。本社からの指示や助言が不信の裏返しと受け取られることもあれば、支配人の前向きの努力が独断やスタンドプレイと反発を買うこともある。従順を怠惰と決め付ける面もあるかもしれない。良かれと思って行うことが、逆効果になることも少なくないのだ。つくづく「人間はナマモノ」だと思う。ちょっとした感情の浮き沈みが意欲を大きく左右し、業績に影響を与える。経営は不安定になり、大きなリスク要因となる。
家族中心の小企業の場合はどうだろう。かえって逃げ場のない息苦しさや公私の利害がからんで問題は深刻かもしれない。大企業の場合は、社員の質が多様になり、量的にもコミュニケーションを維持するのは容易なことではないだろう。

外部の人々は会社の業績や将来性を数字でしか理解できないが、ある意味で企業は「人」である。私なら、会社の将来性を社員の表情で読むかもしれない。

次回は最終回。若いベンチャー経営者への直言で締めくくりたいと思う。


浅草・蔵前にある本社オフィス(3階のみ)。常勤スタッフはわずか4名。
12.若きアントレプレナーたちへ

若きアントレプレナーたちへ
プロ野球の新球団は「楽天」と決まった。賛否の分かれる結論だったかもしれないが、ベンチャー企業の存在感が大いに増したことは間違いない。新しいアイデアやビジネスが世の中に活力を与える象徴的な出来事だったと言える。ITバブルの崩壊によって凪いでいた風がまた吹き始めるかもしれない。石橋を叩くより自分で橋をかけて川を渡ろうとする人達が続くことを願わずにいられない。

しかし、カリスマ経営者達に憧れる若者に少しだけ忠告させてもらおう。
はっきり言って、ベンチャービジネスなんてけっしてバラ色の世界ではない。睡魔に負けるまで仕事をする毎日が果てしなく続き、焦燥感と不安が取り憑いて離れない。孤立無援はベンチャーの宿命であり、証しなのである。次から次へと立ちふさがる困難の連続に直面した時、ちっとも幸せな気分になれないことに気づいて、意欲を失ってしまうかもしれない。悪魔との取り引き。心安らかな時間を売って得られるものの頼りなさに愕然とするだろう。

自らの本音を聞け、本性を見よ
ベンチャースピリットにも耐久力の強弱がある。モチベーションの深さと言ってもよい。大金持ちになりたい、有名になってチヤホヤされたい。憧れ、動機、意欲の根源にはそういう感情が渦巻いているものだ。それは自然なことだし、それで良い。そういう欲求が弱い人は、きっと起業家には向かない。大切なのは自分の心の中にある、人には言えないような本音を見つめておくことだ。ビジネスを成功させるには時間がかかる。社員や取引先を巻き込んで進むことになる。途中で勝手に「やる気が失せました」では済まない。金持ちになりたいだけの人は、金持ちになれないとわかるとすぐに挫折する。金持ちになれば意欲を失う。どういう状況が自分にとっての快感なのか、我慢ならない苦痛なのか、自分の本性を知った上で将来の心の動きをシミュレーションしておかないと悲劇を生むことになる。

個人的な物欲や売名心だけが意欲の源泉であれば、周囲と夢を共有したり、共感を得ることは難しい。しかし、みんなに喜ばれたい、新しい価値を生み出した人間として評価されたいという欲求もきっとあるものだ。私利私欲とこうした願いの一致点を探り、矛盾を止揚していく道を注意深く進んでいけば、ハッピーになれる。

求めているものの普遍性が高いこと、高くするよう自分を飼いならしていけるかどうかが、ベンチャービジネスの客観的な値打ちと可能性を決める。個人的な欲求ばかりが強く、矛盾を解決できそうになければ、あえて経営者として組織のリーダーにはならず、ボスとしての生き方を進む方が本人にとっても周囲にとっても幸せなことかもしれない。自分の本音を聞き、本性を見て進め。潰れて欲しくない。

ありがとうございました
この1年間、若輩者であると開き直ったうえで、あえて独断をおそれず「本音」を書かせていただいた。40歳を過ぎてから新ビジネスを興し10年あまり、苦労も多かったが、バラ色の人生なんて夢見ていなかったから、自分なりの充足感をステップにして歩き続けてこれたように思う。そんなことを再確認できたのも、この誌面で貴重な機会を与えていただいたおかげである。

初回に書いたとおり、既成の組織や生き方に安住せず自己責任で新しい可能性を開いていこうとするベンチャースピリットは素晴らしい。

夢を捨てず、誇りを裏切らずに行くぞ。


この看板を日本中に増やし、シンプルで自由なライフスタイルをサポートできますように・・・