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2014年
2014.5/6 「埋められない穴」、ふたたび
2014.11/14 地域振興の根源的な意味

2014年5月6日 「埋められない穴」、ふたたび

ゴールデンウィークの連休も、きょうで終わり。 でも、私は日中のほとんどをオフィスで過ごした。
5年以上も続けていたジョギングもやめてしまったし、散歩に出かけることもなくなったし、自宅にいても気持ちが落ち着かない。

というのも、1ヶ月近く前の4月12日、突然愛犬が亡くなってしまったからだ。


                                          6歳の頃                                    生後1ヶ月の頃

10年前にも同じ経験をした。その時のことは、前に書いた(2004年8月22日「埋められない穴」) 。
その悲しみがあって、1年後に同じ犬種(ゴールデンリトリバー)の子犬を迎え、同じ名前(マギー)を付けたのだった。

あれから8年半あまりが過ぎ、今回もまったく同じことを感じ、ふたたび打ちのめされている。
少し違うとすれば、2代目は両親ではなく私の飼い犬でいつも私にべったりだったこと、3年ほど前に大病したこと(2011年11月19日「我が家の111111」)、
具合が悪くなったその日に突然亡くなってしまったこと、だから喪失感はさらに深く大きいかもしれない。
そして何より、私は10歳、年をとった。

大げさに聞こえると思うが、マギーはペットではなく、家族でもなく、私の一部分だった。
仕事に追われているときは良いが、旅先でも自室でも、体の中心に大きな穴があいたままだ。
とくに、夜なかなか寝付けないのがつらい。
今も、すぐ横で私の様子を見ているマギーの気配がする。

この4日間、静かなオフィスで締め切りのある仕事に追われているのは苦痛ではなく、かえって救いだった。
おかげさまで、「旅籠屋」はおおむね順調だし、スタッフの仕事ぶりも確実に向上している。
私のやるべき仕事は相変わらず多いが、現場の実務は少しずつ減らせるようになっている。

再びあいてしまった穴は、この先生きている限り、もう埋まることはない。
日常と非日常。 安穏と好奇心。 過去と未来。
気がつくと少しずつ潮目が変化している。
ゆっくりと前者に流されている自分がいる。
そろそろ、スローダウンさせていく潮時なのかもしれないと、そんなことを考え始めている。

2014年11月14日 地域振興の根源的な意味

日記と銘打ちながら、おそらく過去最高、半年以上も間が空いてしまった。
愛犬を失ってから7ヶ月以上が過ぎ、今もマギーのことを話題にしない日はないが、さすがに痛みは少しは和らいできた。

ありがたいことに店舗の業績は順調なのだが、相も変わらず仕事に追われる毎日が続いていて、じっくりと考える余裕がない。
そんな中、今年も「月刊 ホテル旅館」(柴田書店発行)に掲載する原稿の依頼があり、久しぶりに考えをまとめる機会になった。 
12月発売の2015年1月号に載る予定なので、フライングにはなるのだが、以下に紹介させていただきたい。

年頭所感 「2015年の展望と課題」

「ファミリーロッジ旅籠屋」1号店をオープンさせたのは1995年夏、夢と不安でいっぱいのスタートでした。
夢とは、海外に無数にあるMOTELのような誰もが気軽に利用できるシンプルで経済的な宿泊施設を日本にも誕生させたい、待ち望んでいる人は少なくないはずだ、全国に展開できれば旅の選択肢が増え、日本人のライフスタイルをもっと自由で豊かなものにできるに違いないという願いです。
不安とは、こんなスタイルの宿が日本で受け入れられるのだろうか、宣伝もできないのにお客様は来ていただけるのだろうか、ビジネスとして続けていけるのだろうかという恐れです。
2015年夏、あれから満20年を迎え、全国50ヶ所でお客様を迎えられる見通しが立ち、わずかな金額ですが安定して黒字経営を維持していける確信も得られるようになりました。もちろん、多くの出会いや幸運に恵まれたおかげなのですが、初心を曲げず、こだわりを守り続けてきた結果であるという自負は小さくありません。

その変わらぬこだわりのひとつ、それが地域への貢献ということです
最近、少子高齢化や過疎化の進行などを背景に以前にも増して地域振興が叫ばれ、地方創生という言葉も生まれています。メディアは大多数が総論賛成することを前提に報じているようです。しかし私は、このような風潮や論調には違和感を感じます。思考停止が生み出す「正論」に過ぎないからです。
そもそも人口の都市集中は世界的な現象であり、その流れを押し止める必要はほんとうにあるのでしょうか。成り行きに任せるべきだという選択肢はないのでしょうか。経済的な合理性やインフラの投資効率を考えれば、人間の活動地域を集約したほうが良いという考え方は当然あるはずです。情緒的な「正論」では反論になりません。そこに暮らす人々の生活や心情を考えれば「地方を見捨てる」という考え方は暴論として糾弾されるかもしれません。しかし、地域振興の本質的な意義や目的を見定めないと、対応策の立案や評価はできないはずです。

とはいえ、私は20年前から一貫して地域振興は良いことだと考え、収益性の高い大都市近郊よりも地方への出店を優先し、赤字店舗の閉鎖もまったく検討せずにきました。
これは利益や投資効率の最大化とは矛盾することです。なんとなく地方重視というだけでは経営者失格と批判されても仕方ありませんし、苦しくなれば方針を変える場当たり経営に陥る可能性も否定できません。これでは会社のポリシーとは呼べません。地方重視の本質的な意義や目的を明確にしなければならないのです。

ところで話は変わりますが、「yahoo知恵袋」というサイトで、自然界の摂理についての書き込みが注目を集めました。その要旨は以下のとおりです。
・・・自然界における生物の掟は弱肉強食ではなく適者生存である。重要なことは、さまざまな環境変化に対応して種として生き延びていける多様性を用意し(保険をかけて)おくことである。自然環境の変化は無数の可能性の塊であり、形質の良し悪しはあらかじめ判定できない。個体としては弱い人類が結果的に採用した戦略は、集まり協働して文明社会を作ることによって出来るだけ多くの形質を生かし、子孫繁栄の可能性を最大化すること・・・
(全文はこちら

飛躍と思われるかも知れませんが、無数の地域を大切にするとは地理的な意味での多様性を守ることだと言えないでしょうか。多くの人が地方の衰退を残念に思うのはそのことを無意識のうちに直感しているからではないでしょうか。すなわち、社会全体で多様性を維持することこそ人類の生存戦略に適っている、子孫繁栄のために大切だという本能的な確信です。少なくとも私にとってはそうです。分け隔てなく誰もが泊まれる宿泊施設が必要だという信念も、自由に旅すること自体が人類にとって本質的な営みだと思うのも同じです。

東北では「復旧」なのか「復興」なのかという議論があるようです。震災による荒廃は数十年後の地方の姿を現出させたのだという見方もあります。多様性の維持が人類にとって根源的な命題ならば、一時的で一面的な基準に過ぎない経済的合理性や効率を最優先にするわけにはいきません。辺境を含め地域を守ること、異端や少数派の文化や形質を受け入れることが求められます。いずれも困難で違和感のあることですが、世界中が、先頭を走る日本が示す将来への指針やビジョン、そして哲学に注目しています。

なんとも大げさな話しになりましたが、旅籠屋は継続性のある社会的企業を目指し、こんなことを真面目に考え試行錯誤する会社であり続けたいと思います。
宿泊業は人類の未来を支えていく千年事業だと信じているからです。

 

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「旅籠屋主人のベンチャー日記」 (雑誌「戦略経営者」連載)はこちら

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