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2

1998年

1998.2/2

インターネットは世界を変える?
1998.2/8
原田と片山
1998.2/15
頑張れ?
1998.2/21
弁解、あるいはネットコミュニケーションについて
1998.2/28
ホテルという名の猿芝居
1998.3/8
稚気、愛すべし
1998.3/19
たかが照明、されど照明
1998.4/10
DHEA
1998.5/3
人生の節目
1998.5/13
ビート感覚
1998.5/17
サッカーTV観戦
1998.6/7
カズ落選
1998.6/12
期待過剰なんじゃないの
1998.6/21
悔しくないのか
1998.7/7
12回目のお引っ越し
1998.7/12
CATVでインターネット
1998.7/19
パソコン貧乏
1998.8/2
海外における日本人旅行者の生態
1998.8/9
1ケ月以上もなにやってんの?
198.8/16
世代ギャップのマクロとミクロ
1998.9/13
自分の頭で考えるのは難しい
1998.9/21
本社オフィス、いよいよオープン!
1998.10/3
不景気な話しはもうやめてよ
1998.10/11
官製の観光情報など無用だ!
1998.11/4
トップがアホやから
1998.11/22
情報に追いつけない

1998年1月4日(日)

昨年末までにホームページの改築と引越しを行おうと頑張ったが、間に合わなかった。年賀状も出していない。ズルズル遅れてしまい情けない限りだ。冬休みの繁忙期もあと2〜3日、来週中には集中して結果を出したい。

1998年1月11日(日)

やっと暇になったと思ったら、毎日ガラガラ状態。さすがに不況の影響か、全国的に観光地はお客さんが減っているようだ。鬼怒川も明らかに交通量が減少していて、「旅籠屋」も当日のウォークイン(予約無しの通り掛かり客)が少なくなっている。客室数が多く、しかも板前さんや仲居さんを多数抱えているような宿はほんとうに深刻な状況だろうと思う。
バブル期に社用の宴会客を当て込んで水脹れしたような宿はともかく、長い年数をかけて独特の味や雰囲気を醸し出してきたような宿が苦境に陥っているとしたら残念だ。こういう時こそ、目先の売上にこだわらず、頑固にそれぞれのスタイルを守って欲しいと思う。こうした「こだわり」に応えてくれる利用者がけっして少なくないことを信じたい。

1998年1月18日(日)

先週、ようやく年賀状(寒中見舞い)を書き終えた。官製の年賀葉書なのだが、15日を過ぎてたからお年玉が当選していても無効なのだろうか。
それはともかく、これでようやくホームページの改造に専念できる。

1998年1月25日(日)
昨夜は久しぶりに満室だった。年末年始の休みが去ってからというもの、常連のお客様中心の静かな毎日が続いていたので少々緊張してしまった。ほとんどはご家族でのスキー旅行での利用なのだが、今年は若いボーダーの姿をほとんど見かけない。なぜなのだろう。
さて、ホームページの改造と引越しの件だが、ようやく先週から本腰を入れて取り組んでいる。すべてのページに手を入れ、情報の充実を図りたいところだが、現状でもかなりのページ数になっており際限がないので、とりあえず全体の構成を変え、個々のページのリニューアルは引越し後に継続して行うことにした。アクセスする立場に立てば、ある意味で常に未完成で頻繁に更新され変化していくサイトの方が生き生きと感じられるし訪ね甲斐があると思うのだ。
とはいえ、インターラクティブな部分については、引越しを機にシステムを変えるのが合理的であり、とくにCGIの活用にこだわっている。引越し先は広いし、CGIの使用も制約がないので便利な仕組みを自由に作り込むことが出来るのだ。あちこちのサイトで無料で使えるCGIが公開されているし、自由に使えるCGIの解説書もかなり並んでいる。だから作業は容易だろうと考えていたのだが、実際やり始めてみて、考えの甘さを痛感させられた。Telnetとか、UNIXとか、Perlとか、パーミッションとか、Sendmailとか、得体の知れない言葉が並び、自分なりにアレンジしようとしてもどこから手を付けて良いのかわからない。仕方なくPerl言語によるCGIスクリプト入門の本を買い、基礎の基礎だけ読んでみた。実際のサンプルプログラムが出てくる段になると、読み流して理解できるものではなく、かといってじっくり解読する気力もなく、結局ほんとうの理解には程遠いのだが、それでも多少のアレンジを施して利用するハウツー解説の意味くらいは理解できるようになってきた。
こうして、ようやく「予約申込み」や「プレゼントクイズ応募」のフォームメイルの仕掛けが動くようになり(引越し時に切り替える)、今は自分のサイト内で動くアクセスカウンターに取り組んでいる(これが難航している)。そして、これも今は外部のサイトに間借りしている「ゲストブック」をオリジナルのものにし、アクセス分析の仕組みを仕込もうと考えている。しかし、順調にいくのだろうか。
約1年前、まったくの独力でホームページの開設に取り組んだ時、HTMLを書いてはブラウザで確認して一喜一憂したのと同じく、今も少しいじっては「神様!うまく動きますように」って祈ってばかりいる。そんな願いがすんなり聞きいれられることは皆無なのだが・・・
1998年1月30日(金)

この10日ばかり、朝から晩までホームページの改造と引っ越し準備にかかりっきりだ。その目的や主旨をまとめておこう。

●引越しの目的
1.スペースの大幅な拡大(6MB→50MB)・・・今後、チェーン店が増えていくことを考え、大きな容量を確保。
2.独自のドメインネームの確保・・・HATAGOYAの名前を使った簡潔なURLにし、覚えやすくアクセスしやすい状態に。
3.CGIなどの活用・・・必要に応じ、使いやすく管理しやすい機能をホームページに盛り込めるように。
4.内容別メールアカウントの取得・・・予約、クイス応募など、内容に応じてメールを分けて受け取れるように。

●改造の主旨
1.「旅籠屋」全体と「鬼怒川店」関連のページを分割・・・チェーン展開に向け、性格の違う内容を区分・整理。
2.「予約申込み」「プレゼント応募」処理の簡便化・・・直接メールで受け取れるようにし、ダウンロードと対応の手間を省く。
3.「ゲストブック」などインターラクティブ機能の強化・・・「リンク登録」を含め、気軽に意見や情報を寄せていただけるように。
4.「リンク登録検索」システムの設置・・・リンク情報の充実と利用を容易にし、来訪者からの情報も蓄積。
5.古くなった情報の見直し・・・周辺の旅行ガイドなどを更新し、より実用的で新しい内容に。
6.新しいコーナーの開設・・・スタッフのコラム、チェーン店募集の内容などを漸次強化。
7.カウンターの複数設置やアクセス分析・・・内容やリンク先などを客観的に効率的に選別。

それぞれのページの内容の更新や補充は不断に行っていくべきことでもあり、今回は基本的な編成を変え、いくつかの機能を付加することを中心に作業を進めている。といっても各ページを見ていると情報が古かったり、足りなかったりで不満がつのるが、2月の宿題にしよう。

1998年2月2日(月) インターネットは世界を変える?
あらためて考えてみたら、初めてWWWにアクセスしたのは1年半前のことに過ぎない。

パソコンもそうだが、これを知らなきゃ時代に遅れるみたいな話しが聞こえてきて、新しもの好きでありながらアマノジャクな私はそんなもの必要ないよと手を染めずにいた。それがいったん始めてみたら、半年後には自分でホームページを開くようになり、今や、インターネットはすっかり生活の重要部分になっている。

すでにパソコン通信に親しんでいたから、見ず知らずの人と会話することの不思議さ、面白さについての驚きはなかったが、果てのない広がりと管理されない自由さはならではのもので、少なからずカルチャーショックを受け、それは今でも続いている。

インターネットの普及により、本質的に情報の運び手である営業マンが存在価値を失っていくだろうという言われるが、店で物を売る商売も先細りとなるかもしれない。いずれにせよ、社会を世界を基本から変えていくかもしれないことを、今や私は否定しない。

かつて、農業革命、産業革命、そして20世紀は情報革命だ!なんてことが語られ始めた時、私は
お調子者の戯れ言と聞き流していた。人間の意識や社会構造を規定する基本は生産活動にある、という唯物史観の信奉者としてみれば、まじめにとりあうに値しない見解に思われたのだ。

しかし、どうも様子が違う。
昨今の金融情勢などを見ていると、情報というものが経済活動を左右する重要な要素となっている。付随的に派生する存在であったはずの無形の情報が実体経済の流れを引き回しているようにさえ見える。

同様に、インターネットなどの
バーチャル空間が我々の意識に直接の影響を与え始めている。実生活空間を経ることのないコミュニケーションの拡大が、価値観や世界観や人生観を、とてもパーソナルな次元で変えている。意識が変われば、ある程度は生き方も変わる。生き方が変わればひとりひとりの経済活動も変わってくる。なんだ流れが逆じゃないか

こうした見方は、飽食の民が描く
うたかたの幻想なのか。情報のまだら模様につけ込める間だけのゲームの理論なのか。私にはわからない。いろいろな解釈を知ってみたい気がする。
1998年2月8日(日) 原田と片山
かつてのようなブームは去ったが、4輪のF1はすでにマイナーな存在ではなくなっている。全戦中継を続けているフジテレビの功績だ。

いっぽう2輪の世界はどうだろう。イタリアの街頭で調査した「知っている日本人」の上位に
原田哲也の名前があったそうだが、日本人の多くは「それって誰?ジャンプで失敗する人?」って言うかもしれない。日本で無名の彼がヨーロッパでは広く知られる人物であることに私はニヤリとしてしまった。片山と聞いて片山右京ではなく、片山敬済の名をあげるイギリス人もいるかもしれない。なんと言っても右京は「いつもビリを走っていた人だね」なのに対し、敬済は350ccクラスの世界チャンピオン(1977年)だった人なのだから。ちなみに原田哲也は16年後の1993年、250ccクラスの世界チャンピオンだ。

しかし、私はここで日本における2輪スポーツの認知度の低さを嘆こうというのではない。わかりにくいたとえだが、大企業を批判しながら町の議員と飲み歩くような工務店のオヤジは嫌いだ。大きいこと、有名なことに憧れるだけのムジナのミニチュアにはなりたくない。

きのう開幕したオリンピックを見ていて、競技種目の多さに驚く。初めて見るような競技もあり、「これじゃオリンピックも水脹れ、メダリストのステータスも低下する一方だ」という批判もあるだろう。しかし、種目が異なれば、競う体力も技術も違うわけで、人間の持つさまざまな能力や表現力に感動することができる。

4月5日の鈴鹿を皮切りに1998年のロードレース世界選手権がスタートする。そして今年はNHK−BSが
全戦フル中継するのだそうだ。欧米並みのメジャーな存在になって欲しいという発想には抵抗があるが、2輪レース独特の素晴らしさに触れる機会が飛躍的に拡大するのは嬉しいことだ。信じられないようなスピードで斜面に飛び込んでいくスキーヤーに通じるような、神々しいオーラをたくさんの人に感じてほしいと思う。

それにつけてもNHKのスタッフがこうした感性や感動体験を持った人々であることを祈りたい。片山敬済の名前を聞いて心が震えないような人にレースを実況する資格はない。まさか
8耐中継のあのアナウンサーを起用するつもりではないでしょうね。

4月5日、私はもちろん鈴鹿にいます。ほんとうは、あのオーラは
電波には乗らないんです
1998年2月15日(日) 頑張れ?
長野オリンピックが盛り上がっている。頑張れ、頑張れの大合唱だ。しかし、この頑張れという言葉、どうも耳あたりがよくない。英語では ”Do your best!” と訳すしかないらしいのだが、ちょっとニュアンスが違う。頑張れには合理性や現実性の欠如と個人の人格を超えた精神主義的な匂いが色濃く漂っていて、そこがどうも生理的に抵抗を感じるところなのだ。

以前、FIのトップドライバーがインタビューの中で頻繁に
モチベーションという言葉を使うことに驚いたことを覚えている。直訳すれば動機づけ、意訳すればやる気という意味だと思うが、やる気を出せるかどうかが問題だという言い方が頑張れの国の私には随分と軟弱で甘えた物言いに聞こえたわけだ。日本で、スポーツ選手がそんなことを言ったらマスコミやファンはとんでもないヤツだと非難するだろう。

そもそも、トップレベルで争うような選手達のパフォーマンスを支えているものは、地味で苦しい日々の練習の繰り返しと人並みはずれた集中力であるに違いない。とすれば、そんな日常や瞬間は頑張れなどという曖昧な言葉でどうにかなるもんじゃないだろう。
凡人のジョギングとは訳が違うのだ。プロ野球選手の怠慢プレイがとやかく言われることがあるが、考えてみたら135試合いつも体調がベストでやる気満々なんていう方が不自然じゃないか。

楽したい、遊びたい、ゴロゴロしていたい、という人間的な欲望を抑え続け、失敗し負けることへの不安、名声・地位・収入を失うことへの恐怖を超越するまで集中するには、それに釣り合うだけの何かがなければならないのは当然だ。多分その第一は人並みはずれた負けず嫌いの性格、言い換えれば誰もが評価するほどの優越感を得なければ自分が安定しないという不安定な精神構造と異常なまでの欲望が渦巻いているのではないか。そうした自らの
「狂気」をコントロールし、能力アップの一点にエネルギーを集約させていくには、なるほどモチペーションという言葉で自分を客観視していく理性が不可欠なのだろう。

語弊を恐れずに言えば、世界一になるような人間を家族や友人に持ちたいとはまったく思わない。例外のあることを否定はしないが、
最高峰にメダカの学校はないのだ。マスコミは、すぐに勝者を「いい人」に仕立て上げようとするが、それは頑張れという言葉と同じく幼稚な幻想だと私は言いたい。

とはいえ、テレビの前で応援するだけの私は能天気でよいのだ。「頑張れ、頑張れ」と叫び、勝利を見ることなく父親が逝ってしまった話しに単純に涙する。でもマスコミの人間が日本国中に幼稚で無責任な幻想をふりまくのはいい加減やめにして欲しい。アホは感染する。

蛇足になるが、この話しはスポーツの世界に限らない。政治家に徳を求めるのは八百屋で魚を求めるようなもの(でしたっけ?)という喩えどおり(でもないが)、強力なリーダーは半ば狂人であり、絶大なリーダーシップはほとんど狂気に近いことに、我々は不断に思いを致すべきだと思う。少し大袈裟な言い方ではあるが、私はそういう人間をふたり、間近に見続けたことがある。


輝きの裏には闇がある
1998年2月21日(土) 弁解、あるいはネットコミュニケーションについて
ウェブサイト(ホームページ)というのは、個人や零細企業であっても、ホワイトハウス朝日新聞マイクロソフトと同じように情報を発信できる存在だ。直接に不特定多数の人々に伝えることができ、そのリアクションを受け取ることも可能だ。このホームページも、先日の改造以来、ゲストブックメールでたくさんのご意見を頂戴している。

茨城の高松さん
からは、画像ファイルの軽量化について貴重なアドバイスをいただき、奈良の二宮さんからは2バイト文字や半角カタカナを使うとバグが起き、端的にUNIXマシンではファイルが読み込まれなくなることを教えていただいた。まったくの我流でホームページをつくっている私にとって、こうしたアドバイスはほんとうにありがたい。
しかし、当然のことながら、すべてのメッセージが快いものばかりであるとは限らない。
良薬は口に苦しということだってある。数日前、プレゼントクイズにご応募いただいた方から次のようなメッセージをいただいた。

「パブリシティ実績のページが見つからないし、又、本気で見つけようという気も起きない。WebページはRPGゲームではなく、高い通信費や、アクセス料金を気にしながらアクセスしているのだから、情報を探し易いことが大事なことだと思う。今後は自画自賛でなく、情報検索者の立場に立ったページ作りを望みます。」

このクイズを始めて1年以上になるが、宿泊料金の計算自体を問題にすることに私自身なんとなくしっくりこない気分を感じたことがある。そのうち、頭の体操として楽しんでおられるような常連の方も増え、その違和感は次第に薄らいでいた。いつのまにか人間は現状に慣れてしまうものだ。上のお叱りを読んで、もう一度考えてみようと思った。

まず、このホームページは「旅籠屋」という新しいスタイルの宿の存在を広くPRし、一人でも多くの方に利用していただけることを基本的な目的にしている。だから、「旅籠屋」に興味を持っていただいた方が必要な情報を得るのに不便な点があれば、それは改善しなければならないことだ。

では、プレゼントクイズはどうか。これは、もちろん私の道楽などではなく、懸賞サイトなどで紹介いただくことによってこのホームページの存在を少しでも多く知っていただき、クイズを解いていただく過程で「旅籠屋」の内容や特徴に触れていただくことを願って始めたことだ。だから、
ホームページの中身を見なくてもわかるのでは意味が無い。

とはいえ、今回の場合、正解の記された場所はトップページにも目次にも明らかにされておらず、もっとも遠回りした場合すべてのページを開けていかないと見つからない仕掛けになっていたから、こちらの狙いには適っていても、逆の立場だったら、私だってかなりイラついたかもしれない。ちっぽけな安宿が「無料宿泊券プレゼント」など偉そうに俺を引きずり回すのか、
そういう不快感を微かに感じたかもしれない。

しかし、ではどうしたら良いのだろう。人をバカにしたような簡単な問題ではかえって失礼に当たるような気もするし、あまりにあさましい関係になってしまわないだろうか。かといって不快に思われるようでは逆効果だし・・・

いっぽう通信費やアクセス料金云々の件について、これはまったくの筋違いだと思う。短時間で正解が得られるようにする義務はこちらにはない。パソコン通信の世界でもこのフレーズを愛用する人が少なくないのだが、すべてはアクセスする人の意志と選択の問題であって、妙な
被害者意識は好きになれない。
もうひとつ自画自賛ということについて。
「こんなにいろいろな雑誌で紹介されましたよ」と自慢していると受け取られたのだろうか。「安かろう悪かろうの宿ではありませんよ。雑誌でも紹介されてますから」というメディアのプレステージに頼る思いがなかったと言えば嘘になるが、マスコミとのコネもない中で地道に自己紹介文を送って関心を持っていただき、フェアに取材していただいたわけで、その成果を自画自賛と受け取られてはつらい。機会があったらその記事を読んでください、そういうことだけれど。

経験者には分かっていただけると思うが、ネット上で見ず知らずの相手とコミュニケーションするのはとても難しい。パソコン通信でシスオペの管理的なやり方に反発して発言削除になったこと、パティオの仲間とケンカみたいになったこと、深夜モードの感情に酔って書き込み後悔したこと、気持ちをこめて書いても反応がなくむなしかったこと。人並みに高揚と反発と自己嫌悪と倦怠の道のりを歩んできたように思う。インターラクティブというのは、バラ色じゃない。
ホームページでもあえてゲストブックや掲示板を設けないケースがある。大企業のサイトなら当たり前のことだ。メールアドレスさえ載せてないサイトも珍しくない。賢明なことかもしれないと思う。でも、
それじゃつまんないじゃないの!

頂戴したひとつのメッセージをもとに、考えたこと感じたことを率直に書いてみました。このこと自体へのご批判もあるに違いありません。やっぱり私の考え違いもあるかもしれません。どうぞ、ゲストブックへご意見をお寄せください。

1998年2月28日(土) ホテルという名の猿芝居
ホテル業界の人たちのネット上での会話を読んでいて、そこに独特の匂いがあることに気づいた。それは「ホテルマン」という言葉のニュアンスに通じるもので、ちょっと「文化的」で、オシャレで、育ちが良さそうで、インテリぽくって、そのくせ職人的で、プライドが高そうな匂いだ。

私は、正直言って、その匂いにどうも馴染めない。蝶ネクタイや奇妙な制服に対する違和感、高級レストランで感じる居心地の悪さとも共通する感覚だ。理由は簡単。私の生活感覚からするとそれらは借り物であり、私が私で居られる場所ではないからなのだ。ドアマンであれベルボーイであれ、そこで働く人たちは、端的にあの衣装を受け入れているわけだから、そういうホテル文化に同化し、あるいは積極的に肯定しているわけなのだろう。しかし、明治時代、西洋人から鹿鳴館の舞踏会を「猿真似」と冷笑されたようないたたまれない思いを、彼らは感じないのだろうか。東京ディズニーランドでブロンドの白雪姫のまわりを金髪のカツラを付けて踊るような恥ずかしさを感じないのだろうか。

日本は明治維新や太平洋戦争などを契機に上流階級なるものがほとんど実態を失っている世界でも珍しい国だと思う。なのに欧米のグランドホテルのスタイルを忠実に再現しようとするのは、どこか不自然で滑稽ではないか。召し使いや執事やお抱え運転手などにかしづかれることを当たり前の暮らしとし、いっぽうで古今東西の文化芸術への理解と高貴な義務とやらにモチベーションを感じるような人種が今の日本にどれだけいるというのだろう。どうしてあの猿真似のバカバカしさから抜けようとしないんだろう。サーバントやクラークの職業意識なんて、ありがたがって学ぶべきことなの?

ビジネス誌では「ホテルランキング」なんていう記事が定例企画になっている。田中康夫みたいな若い「文化人」が大まじめに「ホテル」の評価記事を書いてる。グルメ評論家なんてのも同類だ。ムズムズしてくる。アナクロで、ブルブルッと震えてしまう。言うまでもなく、彼らはグランドホテルのカスタマーを演じる我々のガイド役を自任しているわけだ。揃いも揃って、あーなんという猿芝居。

お叱りを受ける前にことわっておくが、私のこういう感覚を他の人に押し付けるつもりはない。一等国の仲間入りを果たそうと必死に走り続ける空気の中で育ち、タイミングよく労せずしてランナーズハイを体験させてもらった、そんな世代に特有な感受性かもしれないと思うからだ。
必死に追い掛けた人たちにとってホテルは憧れの実現だろうし、東京オリンピックや大阪万博を知らない世代には最初からそこにあった風景かもしれない。しょせん人間の感覚は時代の産物だ。

それを承知の上で、やっぱり私はチップや心づけがマナーとされるような宿に馴染めず、MOTELの没交渉にほっとする。私はそれで良い。

1998年3月8日(日) 稚気、愛すべし
人間、歳を重ねていくうちに、恋に恋するような、小犬が用もないのに走り回るような、そんな無邪気さから遠ざかっていく。想像の世界に遊び、初体験の連続にときめく時期を過ぎれば、埋め尽くされた日常は果てることなく流れ、増え続ける人間関係は複雑な約束事をともなって隙間を埋めていく。大抵のことは先が見えるようになってきて、気がつくとすっかり用心深くなり、重たくなってしまった自分がそこにいる。かつてあれほど感動したことの多くに、今はもう心が弾まない。それが自立した大人の分別かもしれないし、感受性の老化なのかもしれない。

涙の本質がじつは誰よりも自分自身に対するあわれみであるのと同じように、声高に言う憧れも未熟な自分を補うためのディスプレイ行動に過ぎないと、私は自分の体験からそう思う。だからと言って、ひいきのアイドルに嬌声をあげて涙するローティーンたちに、「自分の幼さを補完しているだけさ」と皮肉るのはやめておこう。それぞれの時点で切実な感情なのであれば、それで良い。

しかし、個人のアイデンティティの重要な部分は、何が好きで何が嫌いかということについての一貫性が支えている。だから、自分の好みが変わったことに気づくのは快いことではない。他人から変節を咎められることを恐れているだけではない。自分自身がわからなくなることにショックを受けるのだ。そして、往々にして人は自分の感性の変質を認めようとせず、かつての自分を演じつづけようとする。

と、偉そうに一般論を書いてきたが、私はどうなのか。

いくつかの波はあったが、かれこれ30年、ブルースハープのあの音色には変わらず心がざわめき立つし、オートバイには心が弾む。たぶん大丈夫、きっとこの先もずっと好きでいられるだろう。こうした世界に出会えたことに感謝し、惚れ続けていられるアレコレに囲まれていることをつくづく幸せに思う。

というわけで、もうすぐF1のスタート。ドキドキしてきた。4月からは2輪のGPも始まるし、6月にはサッカーのW杯もある。そう、私はコドモなんです。自分のために言おう、稚気、愛すべし

1998年3月19日(木) たかが照明、されど照明
宿の客室の照明は明るいほうが良いかというテーマで議論したことがある。私は10年以上住宅メーカーに勤めていたため、照明計画にはこだわりがある。それに従い、旅籠屋の照明は原則としてすべて白熱電球色に統一、客室内の照明も部分照明だけにしているのだが、たまに客室の照明が暗いという指摘を受けることがある。明るいほうが良い、という意見には大別してふたつの理由がある。

第一は、部屋の中で手紙を書いたり、荷物の整理をしたりする時、充分な照度が必要というもの。これは照明の持つ基本的な機能であり、軽視することはもちろんできない。しかし、ここで忘れてならないのは、明るさが必要だからといって部屋中を照らす必要はないということではないかということだ。必要な場所に必要な量と質の照明が確保されていればよいのであり、部分照明でよいのではないかと思う。

もうひとつの理由、それは心理的な問題。これは多くの日本人が慣れきってしまっている住宅の照明との違和感に由来する。部屋が薄暗いとなんとなく落ち着かず、不安になるという指摘だ。かつて書き連ねたことを以下に転記する。

・・・この感じ、よくわかります。部屋全体が暗いと閉所恐怖症ではありませんが、なんとなく圧迫感を感じます。 外国のホテルは総じて部屋のスペースは広いのですが、照明が暗いためになんか息苦しくて気力が吸い取られていくような感じがします。しかし、あえて言いたいのですが、 隅から隅まで明るくないと落ち着けないという我々現代日本人の感性や習性もこれで良いのか、と疑問に思ったりしませんか。欧米の住宅に行ったり、映画なんかを注意深く見ていると、部屋全体を照らす照明はほとんどなくて、ダウンライトもない場合が多いのです。 そのかわり、リビングにもパーソナルな大きなイスがあって、その傍には必ずフロアスタンドが置いてある。つまり自分の空間は与えられるものではなく、自分の力で作り出すわけですね。 おおげさな言い方と思われるかもしれませんが、 ひとりひとりが自分で自分の場をつくりだしていく強さのようなものを感じるのです。人間関係や、社会と個人の関わり方にも通じるような気がしませんか・・・

ここ数十年、日本の住宅では部屋全体の明るさを求めるために、天井に蛍光灯を並べることが多い。作業空間を除き、あの白い光は居住空間には適当ではないと私は感じている。白熱色と蛍光色の光源を混在させるのは論外だ。これは光の質の問題だ。

・・・私が住宅メーカーのモデルハウスを見たり、お住まい拝見などのグラビアを見て、そのセンスを判断する材料のひとつは、照明の質の統一を意識しているかどうかです。たとえば、和室の床の間に蛍光灯を使っている家、居室の天井に白熱球のダウンライト(天井埋め込み照明)と蛍光灯のシーリングライト(天井付け照明)を混在させているような家は、はっきり言っていただけません。どうしても用途に応じて光の質を変えたいのなら、コードペンダントやスタンドなど、常時点灯しない部分照明に限って組み合わせるべきです。
私は、宿の照明について、絶対的な照度だけでなく、光のメリハリ、光の質、そして照明器具のデザインなどを考えたいのです。谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」でもありませんが、日本人は少し光に対するデリカシーを失っているように思いませんか。駐車場の水銀灯など「光害」の最たるものです。
昔から不思議なのですが、本格的な書院づくりの和室などと謳い、庭や建築にお金をかけた割に、照明といえばせいぜい表に障子をはめ込んだ蛍光灯のシーリングライトだったりするケースを多く目にします。ホントの和室なら、昔はローソクや油による行灯の光に頼っていたわけで、闇がたたずんでいるような中を赤く揺らめく光が一隅だけを照らす、そんな雰囲気だったわけでしょ? そういう日本人の夜の過ごし方を意識したデリケートな照明計画があっても良いはずなのです。
旅館の客室の照明、無神経だと感じたことはありませんか。かすかな湯の香り、川のせせらぎ、そして窓越しの月明かりを感じながら過ごすような風流を、背伸びしてでも私は感じてみたいものです・・・

しかし、宿の側が宿泊客の意見を無視してひとりよがりになるわけにはいかない。ホテルや旅館に宿泊するのは白く明るく照らされた家の中で暮らしている人たちなのだ。難しい。だが、そもそも日本には先例のないスタイルの宿を目指して「旅籠屋」をスタートさせたのだ。従来の最大公約数に無条件に流されるのは性にあわない。

・・・私も、初めて外国でホテルやレストランに行った時は「暗いなー」とイライラしました。ただ、前にも言ったとおり、そういう風に感じている自分は、今の日本の照明習慣に慣らされてしまっている自分であって、一歩踏み込んで、「それじゃ外国の人はこれで不満を持たないのだろうか。明るくないとイライラする日本人の方が少数派なのかもしれない」なんて考えてみたいのです。
繰り返しになりますが、天井に蛍光灯をベタベタつけて部屋中を明るくして(最近は廊下を含めて家中かもしれない)暮らしてるなんて、せいぜいここ3〜40年間のことでしょう。それも日本に特殊なことかもしれない。暖炉や囲炉裏の火、ひとつだけぶら下がった電灯が持っていた求心力、空間のメリハリ。機能だけで測れない照明の意味をもう少し考えてみませんか。
私は、ローソクや油の光に頼っていた昔に戻れとか、欧米人の習慣や文化を真似ろ、と言うつもりはもちろんありません。昔はそういう明かりの取り方しかできなかったのかもしれないし、外国の習慣も合理性を欠いているかもしれないからです。ただ、情報社会の中で、多くの情報を得ることより、自分の判断で選んでいくことが重要であるように、自分の第一感にひと鍬(クワ)入れてみる「こだわり」がなければコミュニケーションなんて不毛だと思うのです・・・

家中を光で充たすような暮らしは高度成長期以後のことではないか。そもそもこういう照明を当たり前にしてしまったのは誰だろう。かつての住宅公団の設計者たちだろうか。戦争中の記憶も含め、 暗く貧しい灯かりに息を殺して育った人達が、高度成長の時代の中で昼間のような白色の明るさに憧れ、それを豊かさの象徴のように追い求めたのだろうか。貧しさからの脱却、もっと光あふれる未来を! そこまでは良しとしよう。しかし、なぜ1億の人間が皆そろって「明るさ」礼賛に走っていったのか。住宅メーカーの設計者や建築家や街や村の大工さんたちに「後ろめたさ」はなかったのか。時は移ってインテリアコーディネーチャンやグリーンアドバーチャンが氾濫するご時勢、私はまず灯かりを消して目を閉じよと言いたい。貪欲な量への欲望、高機能への崇拝、成り金集団の醜悪ではないか。

アジアの混沌、無秩序な熱気、それもわかる。確かにここはヨーロッパじゃない。しかし、上海でも香港でもない。蛍の光、窓の雪と歌って来た国ではないか。万事において「一灯の光明、一隅を照らす」的な生き方を貫こうとする「変人」の方に私は一票を投じたい。

1998年4月10日(金) DHEA
アメリカ旅行・GP観戦(鈴鹿)と、春休みの忙しい時期に10日間も宿を空けてしまった。旅籠屋日記も3週間ぶりだ。記憶が色褪せないうちに4年ぶりのアメリカ旅行のレポートをまとめる予定だが、今回はちょっと怪しげなドラッグについての話しを先行してご紹介したい。

もう半年以上も前になるが、NHKで最近アメリカで話題になっている向精神薬(?)についてのドキュメントが放映されたことがある。人間の精神状態を左右する脳内の化学反応のメカニズムが明らかになるにつれ、その化学物質そのものの投与による直接のコントロールが可能になり、プロザックをはじめとするいくつかの薬剤が市販され、これらを服用するアメリカ人が激増しているという話しだった。内臓疾患と同様、脳内物質の過不足を調整することは当然の医療行為だという意見がある反面、個人の感情や性格そのものを人為的かつ他動的に変化させてしまうことに強い抵抗感を感じたものだ。

現に、極度に非社交的でネクラな人間が別人のように陽気で積極的になり、落ち着きがなく何事にも集中できない子供が人の話しに耳を傾けられるようになる、こういう劇的な変化を見せられると、地道な努力とか意志の力とか人間としての成長などと自らを叱咤激励していることの意味がわからなくなり愕然としてしまうのだ。個性とか人格ってなんなんだ

しかし、好奇心というものはおそろしい。たまたまワシントンの町角でジュースを買いに立寄ったドラッグストアで市販薬の棚が目に入った瞬間、もろもろの不安は消し飛び、なにかひとつアメリカでしか手に入らないような薬を買って帰ろうという誘惑にとりつかれてしまった。きっとある種の物質が私の脳の中で分泌されたに違いない。そして、風邪薬でも下痢止めでもなさそうな正体不明の薬を7ドル99セントで買ってしまったわけなのだ。値段も安いし、やばかったら捨ててしまっても惜しくない、と私の脳は判断したわけだ。

さて、帰国後2日目。さっそくラベルに書かれている名前DHEA(Dehydroepiandrosterone)や注意書きの解読にとりかかったのだが、英和大辞典を引いてもこんな単語は出てこない。注意書きにも18歳未満は服用禁止、妊婦は事前に医師に相談を、と書かれているだけで効能書きは見当たらない。ビタミン剤と並んで気楽に売られていたからといって、いくらなんでもこれじゃ飲んでみるわけにもいかない。健康食品や薬に詳しい知人に聞いても正体がわからない。しかし、世の中便利になったもんだ。そう、サーチエンジンを使ってホームページを調べてみれば良いのだ。そしたら、山のようにDHEAの関連ページがでてきた。その中のいくつかをご紹介する。

るみちゃんの精神神経科あれこれ・・・神経症を患うRUMIKOさんのホームページ

フラワーエッセンス・・・アメリカ在住の漢方医師による健康指南のホームページ

That's 健康 「USA健康フロンティア」・・・サンケイ新聞グループのニュースページの一部にあるアメリカ発の健康情報コーナー。DHEAの様々の効能が8編にわたって詳しく書かれており、現在アメリカで爆発的な売れ行きを示していることが紹介されている。

というわけで、ついにDHEAなる薬の正体が判明。知れば知るほど、これは慢性的な疲労を感じつつ、意欲的に新しい仕事にチャレンジしなければならないような中年男性、つまり私のためにあるような薬であることを確信するに至り、ついに毎朝1錠25mgの服用を開始したわけだ。

それにしても、通販のページなどを見ると40〜50ドルの値段がついている。現地で8ドル足らずで買えたものが、こりゃちょっとボリすぎじゃないか。日本とアメリカの規制と情報の格差が生み出す飢餓感が悲しい。

今回は、どうにもまとまりのない内容になってしまいました。偶然、ちょっと面白い経験をしました(している)ので、ご紹介させていただきました。肝心の薬効ですが、副作用的なマイナスの効果も含め、数日経過した現時点では何もないようです。曖昧な言い方ですが、気力の充実なんて薬のせいかどうか判断しにくいものです。何か自覚できる変化がありましたら、またレポートさせていただきます。

1998年5月3日(日) 人生の節目
4月は1回しか書き込めなかった。これでは「日記」などとは言えない。アメリカ旅行記も手をつけていない。

というのも、3月〜4月と利用者が多かったのに加え、頻繁に東京へ出かけていたからなのだ。いずれ詳しく書くつもりだが、「旅籠屋チェーン」の具体化にいよいよ本腰を入れることになり、そのための本部オフィスの場所探しと2号店以降の計画づくりに忙しく、精神的に余裕がなかった。

しかし、ようやく本部オフィスの開設場所も本決まりになり、今後のスケジュールが見えてきて、少し気持ちにゆとりが出てきた。6月末には「鬼怒川店」の運営をあるご夫婦に委ね、私は本部オフイスに引っ越して「チェーン展開」の仕事に専念する予定だ。

「旅籠屋」のようなスタイルの宿は、全国の街道沿いに無数に点在するようになってこそ、本来の役割を果たすことができるし、新しい旅のスタイルをサポートできるようになる。だから、「旅籠屋」を構想した当初からチェーン展開を目指していたのだが、「鬼怒川店」の運営に手いっぱいで、3年近くが過ぎてしまった。だが、この3年という歳月は、こうした宿のマーケットをじっくりと確認し、宿の運営ノウハウを蓄積するのに必要な時間だったと思う。

というわけで、来月、私はちょうど3年ぶりに東京へ戻ることになった。仕事の内容も変わり、日常生活も一変することになる。前にも書いたとおり、私は唯物論の信奉者だから、神も仏も信じないし、もちろん運命論者でもない。だが、過去を振り返ってみると、10年前、20年前と10年ごとに大きな転機が訪れている。偶然とはいえ、今年もそういう節目の年になりそうだ。再び海図なき航海に漕ぎ出すわけだが、悔いのない10年間にしたいものだ。

あー、それにしてもきょうは異常だ。例年5月3日・4日だけのことだが、今こうして日記を書いている1時間の間に「今夜、部屋は空いてませんか?」という問合せが50件近くもある。1分に1件というと誇張のように思われるかもしれないが、本当のことだ。すでにお断りした総数は優に500は越えるだろう。ゴールデンウィークだけ、20階建ての大規模ホテルにしたいところだ。冗談はともかく、職場にせよ、学校にせよ、みんな一斉に働かせ休ませるという状況を何とかできないものかなんとかしないものか!

1998年5月13日(水) ビート感覚
小錦が出ているウィスキーのCMが流れている(※)。なかなかイイ感じなのだが、前半と後半で指のならし方が逆なのが気になる。前半はオンビート、後半はオフビート。4ビートジャズっぽい曲調だから、1拍目と3拍目に指を鳴らすオンビートは明らかにおかしい。このことに気づいて、明らかに違和感を感じる人は意外と少ないかもしれない。というのも、ここ10年くらいでビート感覚に大きな変化というか、私に言わせれば退化が進んでいるように思えるからだ。

(※)5月下旬頃からCFが新バージョン(小錦は踊るだけで歌はバックで流れている)に代わっており、ここでは全編オフビート。クレームがついたのか?それにしても、ディレクターが知らずに犯したミスだったのなら、ちょっと悲しいね。CFディレクターのビート感覚がその程度?チェックも素通り?みんなビート音痴?

前にも書いたが、私のお気に入りの音楽はブルースだ。日本を含め、世界中の音楽の多くがロックの洗礼を受け、そのビート感覚をベースにするようになって久しいが、その直接の産みの親はブルースである。ブルースそのものを知らない、または誤解している人が多いからピンとこないむきもあるだろうが、ロックの基本はクラシックでいう強拍をはずした所にビートを打つオフビートと、3度と7度がフラットするブルーノート音階であり、これこそ、まぎれもなく今世紀初頭以来のアメリカの黒人音楽に由来するものだ。もちろん、ジャズやR&Bなどその後の黒人音楽のすべてもブルースの子孫である。

オフビートもブルーノートスケールもアメリカの黒人にとっては体にしみついた自然な感覚なのだろうが、白人およびその音楽世界に慣らされてきた我々の耳にはある種の「はずれた音楽」に聞こえるところがあり、そこがカウンターミュージックとしての刺激的な魅力の源泉になっている。

オフビートに話しを絞ってみると、おもしろいことに気づく。60年代から70年代にかけての欧米のTVの音楽番組を見ていると、聴衆の手拍子がオンビートからオフビートに移っていくのがわかる。日本でも年配の人だと今でも圧倒的にオンビート、わかりやすくいえば民謡の手拍子だが、さすがにロックバンドのコンサートでそんな間抜けなことをするヤツはいない。

ところが、10年くらい前からどうも様子がおかしい。タテノリという平板で機械的な乗りが蔓延するようになって以来、明らかにオンビートで手を打つ連中が増えてきた。昨年、ジェームズ・コットンというブルースハーピストが来日した際、あるライブハウスに駆けつけたのだが、聴衆の多くは20歳前後の連中で彼らのノリが1拍ごとに体を上下させるタテノリなどのオンビートであるのに愕然とした。これでは私は乗れない。ブルースのグルーブ感は感じ取れない。だからひとりオフビートで手を打っていたのだが、さすがにステージ上のブルースマンも気持ち悪かったのだろう。演奏の手を休めて手拍子を催促し始めたが、それは私と同じだった。

ブルースを多少聞いたことがある人ならシカゴ・ブルースの巨人マディ・ウォーターズの「モジョ・ワーキン」という曲を知っているだろう。先日、彼をしのんで現代のブルースマン達が集まったコンサートを放映していたが、驚いたことにプレイヤーや聴衆の過半がオンビートで手を打っていた。この曲を知っている人なら試して欲しい。ビートの打ち方でまったく違うノリになってしまうのに気づくはずだ。クリームがカバーしてヒットしたブルースの名曲「クロスロード」でも同じことが試せる。

音楽は理屈じゃない。ある曲にどう乗っていこうがひとりひとりの自由だ。だから私の感覚が正しいなんてことを言うつもりはない。ただ「正統的な」ビートをあえてはずすことによって生み出される緊張感やドライブ感が生命線であったはずのかつてのロックの本質が変質しつつあることは確かなようだ。あえて逆らおうとする意志を捨て、機械的なリズムに埋没して集団で忘我の境地に至ろうとする単純さ。時代は、カウンタービートを失ってしまったのか!なーんちて。

1998年5月17日(日) サッカーTV観戦
あと1ケ月足らずで、待望のワールドカップが始まる。日本代表が出場するのだから、TV観戦にも力が入る。幸い(?)6月は「旅籠屋」のオフシーズン、ぜんぶみる勢いで臨みたい。常々、年中無休の軟禁状態を嘆いている私だが、こういう時ばかりは一日中TVの近くにいられる境遇がありがたい。サラリーマンではこうはいかない。しかし、放映時間って深夜が多いのだろうか。

我が家には分不相応にもハイビジョンTVがある。5年ほど前、当時100万円以上もした頃に衝動買いしたものだが、9チャンネルを見ることは多くない。宝の持ち腐れなのだが、その一因は番組情報の入手が困難なところにある。数ある番組ガイドでハイビジョンのを掲載しているのはごく一部、それもタイトルの羅列のみだ。ウェブサイトを探してみても、かろうじてNHKが簡単に紹介しているだけ。試験放送を行なっているハイビジョン推進協議会が情報を提供していないのは理解しがたいことだ。公益法人のやる気のなさはほんとうに救いがたい。いまどき、FAXや郵送(有料)で番組表を取り寄せなきゃならないなんて情けなくて視聴意欲が萎える。

それはともかく、ハイビジョンは画角が広く、ロングでも解像度が高いから、サッカーやラグビー中継には最適だ。オフサイドトラップなんてのもよくわかる。しかし、オリンピックの時のように実況や解説を独自に行なうのはやめて、BSと共通にしてほしい。控えのスタッフみたいで盛り上がりに欠けるからだ。

ところで、サッカーの日本代表メンバー、中田はどうなるのだろう。個人的には彼を代表から外して欲しい。私が監督なら、「呼ばれたから行くだけだ」などという一言で選考対象から除外する。最近の名波のふてくされぶりも不愉快だ。マスコミを含め、無責任かつ不誠実な「世論」への怨念もあるだろう。発言ではなくプレイで自分を表現したいというのも潔いことかもしれない。しかし、斜に構えるのではなく、正面を向いて語れる強さを身付けてほしいと思う。

2輪レース大好きの知人S君が、最近活躍目覚しい日本人ライダーについて苦言を呈している(4/24)。同感だ。たとえ戦力が落ちても、世界に向って語れる人間にこそ、世界の舞台に立って欲しい。

さて、そろそろキリンカップ「パラグアイ戦」が始まる。夜は2輪ロードレース「イタリアGP」だ。

1998年6月7日(日) カズ落選
カズ落選のニュースが流れて数日が過ぎた。私はこの決定に憤慨し、釈然としない気持ちがおさまらない。しかし、当人達はどう思っているのだろうと、カズ北澤のサイトを訪ねた。無念の思いを抑えて残ったメンバーにエールを送る気丈な発言がそこにはあった。成田での帰国会見も感情を殺したものだった。サポーター達の掲示板での発言も読み漁った。岡田監督批判が多いようだが、周囲の方が動揺を隠せないでいる。

体力や技術の衰えとか、監督の戦術構想との不調和などについての分析は私にはわからない。以前、カズや北澤が岡田監督へ無礼な態度をとった(頭を蹴った?わざとぶつかった?)ことへの復讐だ、などという情報もあったが真偽のほどは不明。事実としても、子供のケンカじゃあるまいし、そんなことが決定に影響を与えているなとどとは信じがたい。要は、チーム首脳がW杯で「勝ちに行く」ことにこだわった結果の判断だったのだろう。

もともと私は読売カラーが生理的に嫌いで、ナベツネが嫌いで、巨人が大嫌いで、ベルディが嫌いな人間だ。無意識のうちに垣間見える選民意識と無神経さに一貫して腹を立てている。だから、カズが不動のレギュラーメンバーであることを前提にしたような選手起用に「政治的な匂い」や「実力者への配慮」を感じて腹立たしく思ったこともある。だから、カズのファンではもちろんない。しかし、今回の選考には納得できない。

以前、この日記で「中田を外せ」と書いたら非難のメールが殺到した!というのはウソだが、中田を選ぶことと、カズを外すということには、共通の思考基準があるように思う。すなわち、勝負にこだわるための合理性に従おうするか、儒教的なメンタリティとの調和を重んじるか、ということである。多分、前者はグローバルスタンダードの厳しさであり、後者は「日本的な甘さ」なのだろう。今回の決定の当事者である大仁強化委員長もこの点をわきまえており、「弱肉強食は世界の常識でも、日本では違う状況もある」という発言に迷いの深さが表れている。

スポーツの世界に限らず、日本人が世界の舞台で生きていかざるを得ない現在、その特殊性や未熟さを指摘されることが多い。私も日本や日本人の曖昧さや理念の欠落に苛立つことが多いのは、この日記に繰り返し書いているとおりである。しかし、ここで忘れてならないのは、グローバルスタンダードに同化すること自体を目的とするのなら、いつまで経っても亀を追うアキレスに過ぎないということである。アメリカ的な合理性が唯一の基準ではないし、ヨーロッパ的なマキャベリズムが成熟の証しでもない。我々は日本の伝統と体験をもとに独自のモデルを提示していくことが大切なのだと思う。それはもちろん、かつての矮小化された民族思想に回帰しようなどというものではない。

話しが大袈裟になったが、私個人はW杯において、勝利という結果よりも、記憶に残るパフォーマンスを日本代表に期待している。それは外国に対してだけでなく国内に対してもそうだ。カズの言葉にあった「誇りや魂」を重んじる「美学」を体言してみせて欲しいと願っている。その意味で、カズを外すなら、あえて中田を外して欲しかった。このままミニ・ブラジルやミニ・ドイツを目指してどうなるというのだ。

1998年6月12日(金) 期待過剰なんじゃないの
今回もW杯について。
先日の日本vsユーゴの試合を見て、五分にプレイできているのはやはり中田のような印象を受けた。彼がボールを持つと安心して見ていられる。
「カズを外すなら、あえて中田を外して欲しかった」と書いた手前、彼がどんな人間で何を考えているのか気になる。さっそく、中田や城のコメントが掲載されているホームページを見て回った。

ふたりの表現スタイルはじつに対照的だ。中田は自前のオフィシャルサイト(専門のスタッフがサポート、飲料メーカーがスポンサー)のに対し、城は朝日新聞のサイトに間借りしている、このこと自体がすでに象徴的だ。中田は「プロ」らしく独自のパフォーマンスをしようとしているのに対し、城は「アマチュア」的だ。発言内容も前者は若手タレント的なノリであり、後者は学生のように素人っぽい。

しかし、発言内容はいずれもどうということはない。中田にしたところで、要するにマスコミは発言内容を歪曲して伝えるから何も話したくないんだ、というのが真意のようで、それ以上でも以下でもないようなのだ。考えてみれば、彼らはまだ21歳と22歳、ハタチそこそこの若者なのだ。30歳を越え、社会人としてそれなりの経験と修羅場をくぐってきたカズの発言とは背景がまるで異なる。

ちょっと語気荒く語ったしまった私としては、「なんだか期待過剰なんじゃないの」と自答したい感じ。スポーツ選手って異常にニュースになるから、こっちが何か勘違いしてしまうんですね。そう言えば、サッカーの世界に限っても、ジーコとか、ドゥンガとか、ストイコビッチのようにナショナルチームの中心選手の言動には人間としての迫力や説得力を感じるけど、それ以外の選手、とくに若手選手のコメントに心動かされるということは滅多にないような気がする。彼らに「日本の伝統と体験をもとに独自のモデルを提示して」欲しいなんて望むのは筋違いでした。

ただ、岡田監督や長沼会長、あなたたちは別ですよ。

1998年6月21日(日) 悔しくないのか
またまたサッカー。また負けた。

なんだかんだと半分くらいの試合は見ているせいか、なんとなくサッカーの見方が少し深くなったような気がする。世界各地からいろんな国の、いろんな人種の人たちが集まってくるわけで、自然といろんなことを感じ、考えさせられてしまう。これがW杯の素晴らしいところかもしれない。

それにしても日本の試合は面白くない。初戦のアルゼンチン戦は伸び切ったゴムのようだったし、昨夜のクロアチア戦も暑さのせいか全体的に重かった。勝ち負けは別にして、キレのある動き、センスあふれるプレイを見たいのだ。

しかし、この2戦を通じて痛感したのは、日本人って図抜けて甘い集団なんだなーということ。

敗戦後のインタビューでどうして誰も「悔しい」とうめかないんだろう。どうして、評論家のような醒めた言い方をしてしまうんだろう。
サポーター連中も、どうしてVサインなんか作ってカメラの前ではしゃげるのだろう。負けた試合のあとであんなに無邪気に幼稚に騒ぐ国って他にあるの?

選手に、国民の期待に応えたいとか負けて申し訳ないって言って欲しいわけじゃない。「君が代」なんて歌わなくてもいい。サポーターにも、国の威信をかけてなんて発想で応援して欲しくない。ただ、人間としての誇りや懸命さから生まれる清々しさや力を確認したいのだ。一途に求め続けた者にだけが表現できる歓喜と失意の純粋な激情を。NHKのBSの中継の冒頭のフレーズ「夢をあきらめなかった子供達」に出会いたいのだ。

NHKで解説者を務めていたラモスの言葉に共感するところが多かった。「みんな逃げ道作ってる。W杯で次の試合につなげるなんて負け方はない。Jリーグの試合とは違うんだ・・・」。

柱谷やラモスやカズや北澤が居たらどうだったろう、と夢想してしまう。考えたら、今の日本代表メンバーってほんと子供に見える。人間力が感じられない。ピッチで味方選手を怒鳴り付けるようなタイプの人間が必要だよ。

井原よ、君はキャプテン向きじゃない。城よ、シュート外して笑顔をつくっているような選手は他の国にはほとんどいないよ。

ジャマイカ戦、大差でボロ負けしたほうが良いのではないか。半分は本気でそう思ってる。
あーくやしい。

1998年7月7日(日) 12回目のお引っ越し
6月末、予定どおり、鬼怒川を離れ、東京に引っ越してきた。地縁も人縁もない3年間の鬼怒川での暮らしだったが、忘れられない思い出がたくさんあり、感傷的な気分になってしまった。安心してお店をお任せできる素晴らしいご夫婦と出会い、念願のチェーン展開に専念できる前向きの転身なのだから、とても幸せなことなのだが、住み慣れた場所や家を離れるのは、いつもさびしい。

考えてみたら、私の引越しはこれで12回目になる。生まれた北九州市内で3回、その後東京(杉並)・大阪(堺)・東京(練馬)・埼玉(川口)・千葉(木更津・稲毛)・東京(足立)と移り、鬼怒川そして今回だ。社会人になってから転勤でもないのに5回だから、これは多いほうなのかもしれない。

しかし、私はけっして引っ越しが好きなわけじゃない。ある程度の年齢になれば捨てられない物も増え、その荷造りや片付けが大変だからだ。あちこちへの届けや連絡も面倒くさい。とくに最近2回の引っ越しは仕事場も同時に移るわけだから尚更だ。

というわけで、このホームページの更新も思うに任せない状況が続いていたが、LANの構築やパソコンの設定も終わり、少しずつ態勢が整いつつある。なんと言っても、こちらに来てCATVのINETサービスに加入したので、常時接続の環境になったのだ。料金も月数千円(電話代不要)、しかもスピードも実感でINS64の倍は速い。次回は、その体験レポートでもしよう。

今夜は早めに寝て、明朝4時からプラジル・オランダ戦をハイビジョンで観るのだ。

1998年7月12日(日) CATVでインターネット
台東区にオフィス兼自宅を移すことになってすぐに考えたのは、通信環境をどうするか、ということだった。オフィス内のLAN、鬼怒川店とのデータのやりとり、インターネットへの接続など、ローコストで安定してシステムにするよう考えなくてはならない。インターネットに関して選択した結論は、CATVのINETサービスを受けることだ。

都心部のようにビルが立ち並ぶ地域ではTV電波が乱れることが多いらしく、CATVが普及しているのだが、具体的には局から各家庭やオフィスに光ケーブルや同軸ケーブルをつないで有線で番組を配信している。結果として映像情報を送れる高速大容量の通信線網が整備されているわけで、これをインターネットにも活用しようというアイデアは当然かつ合理的だ。CATV事業者などを中心とする「地域マルチメディア・ハイウェイ実験協議会」で実験と事業化が進められ、昨年あたりから全国のCATVが続々とサービスを開始している

問い合わせてみたら、台東ケーブルテレビでもこの4月からサービスを始めたということで、さっそく資料を取り寄せ、検討の結果、これを利用することにした。電話線を使わないから電話代ゼロ24時間つながりっぱなし高速(最大で上りが2Mbps、下りが8Mbps)というのだから魅力的だ。CATVのサービスエリアは意外と広いので、地域内か、INETサービスは行なわれているか、こちらで調べてみてはいかがでしょう(この表では台東ケーブルテレビは7月から事業化予定となっているが、実際は4月から開始されている。それぞれのCATV会社に問い合わせてみる方が良い)。

さて、具体的な費用だが、これはCATV会社によって料金体系が異なる。ここの場合、オフィスと自宅で計4台のPCに接続することにしたので、月々の料金は7500円(固定)。工事費はハブやLAN配線を含め6万円くらいになった。PCが1台で良いのなら、それぞれ4700円/月、工事費2〜3万円ということになる。高速の常時接続、電話代不要、ISDNを利用する場合のTAの費用などを考えると十分割安ではないだろうか。

肝心の使用実感だが、常時接続なのでダイアルアップの手間と時間がかからない。ブラウザを起動させるとすぐにホームページが立ち現れる。スピードは、スペック上は最大でINS64の100倍くらいになるはずだが、実感としては数倍というところだろうか。でもメガ単位のファイルが数十秒でダウンロードできるから待ち時間のストレスはほとんど解消された。なんといっても電話を使っていないから、テレホーダイタイムを気にする必要もなく、開きっぱなしにして席を離れても構わない自由な気分が嬉しい

良いことばかり書いてきたが、問題点や注意すべき点ももちろんある。ひとつ、これは導入コストにも影響することだが、電話回線用のモデムやTAのかわりにケーブルモデムを利用する(その使用料は月々の料金に含まれている)が、これとPCはLANケーブルでつなぐためPC側にLAN(ネットワーク)ボードが必要になる。これ自体は1万円以下で購入できるので大きな負担ではないが、CATV側との相性があるようだ。実際、私の場合、今まで使っていたLANボードがうまく機能しなかったのでCATV会社にもう1枚推奨ボードを追加してセッティングしてもらった。

ふたつめは、セキュリティの問題。難しいことはよくわからないが、CATVというのは、局がプロバイダーのような役目を果たし、そこから加入者に対しては大きなLANのような環境になるので、その中に自分のPCが無防備な状況に置かれることになるらしい。うちのように小規模といえ社内LANを張っている場合、最低そのLANとINETの系統は分けたほうが良いらしい。具体的にはLANボードや配線を分けるということだ。というわけで、前記のようにLANボードを2枚ずつ用意することはこの意味でも望ましい。

ちなみに、常時接続といっても、固有のアドレスが与えられるわけではない(6時間毎に変わるそうだ)ので、ウェブサーバーを自分で持つ場合には使えない。また、接続が物理的に固定されている(私の場合、台東区のこの建物内のPCを離れるとつなぐ方法がない)ので、出先でアクセスするようなモバイルコンピューティングにも使えない。必要なら、プロバイダを使ったダイアルアップ接続できる環境を維持しておかなければならない。

長々と書いたが、現時点ではひじょうに合理的な選択だったと考えている。検討をお勧めします。

1998年7月19日(日) パソコン貧乏
チェーン展開に本腰を入れるに先立ち、いくつかの準備を行なってきた。そのひとつが、誰もが手間をかけずに運営業務を行なえる独自システムの開発。「旅籠屋マネージメントシステム」と命名したのだが、予約から、部屋割り、チェックイン・アウト、顧客管理、会計までをパソコン上で一元的に管理できる。この日記でも経過を書いたが、半年以上の試行錯誤を経て、昨秋から本格稼動、とても便利なシステムが出来上がったと自負している。

ところが、今回、本社オフイスを開設するにあたり、データベースを本社と鬼怒川店のどちらで持つか、リアルタイムなアクセスをどうするかが問題になった。高速な専用回線の確保、高速の検索と転送が可能なデータベースの構築など理想的な方法はあるらしいが、とてもそんなコストはかけられない。結論として、チェーン店がたくさん出来るまでは、過渡的な方法で行くことにした。

詳しくは書かないが、これに伴い、本社のパソコン(現在2台)の1台をデータサーバー専用機とし、私とスタッフがそれぞれクライアント機を持つことにした。当初は、サーバーパソコンとして販売されている機種の購入を検討したが、現状では必要性が低いことがわかり、これまで私が使っていた機械をサーバー機として転用することになった。

サラリーマンだった頃から仕事でパソコンを使うことが多かったが、自分用のパソコンを購入したのは5年くらい前だ。1台目は親指シフトが使えるということで選んだ富士通のFMタウンズ。2台目は、鬼怒川店のオープン前に購入した東芝のBREZZA。3台目は、鬼怒川店のフロント用に用意したコンパック。そして、昨夏に現在愛用しているGATEWAYのG6−300という当時最新鋭のパソコンを買って現在に至っている。これは、なかなか高性能で、今回これをサーバー機にしようというわけだ。OSも95からNTに入れ替えるつもりだ。

というわけで、私専用のマシンが必要になるわけだが、今後地方に出かけたりする機会も増えるだろうし、モバイル機としての利用もしたいので、ノートパソコンにしようと考えている。Windows98のプレインストール機の発売を待って買おうと思うが、どうしても30万円くらいはするようで頭が痛い。

「旅籠屋」はちっぽけな会社だ。チェーン店がアチコチに出来てくるまでは、本社はとくに穀潰しみたいな存在だ。だから、パソコンのハードやソフトにかかる費用はけっしてばかにならない。これまで、自分なりに活用し、その恩恵にあずかってきたことは間違いないが、投資した費用を回収できるかどうか今後にかかっている。パソコン貧乏にはならないぞ。

1998年8月2日(日) 海外における日本人旅行者の生態
ここ10年ほど、断続的に放浪旅行を続けていた友人が訪ねてきた。5年ぶりの再会だ。

4年前の春、「今回はもう戻ってこないかもしれない」と言い残しての旅立ちだっただけに、心身ともに元気な様子を見て、正直とても嬉しかった。彼ももう40代後半なのだ。

東南アジアとインドを拠点に、チベットから中国、中東から中央アフリカ、南アフリカにまで足を伸ばした壮大な旅。1ケ所に1年近く暮らすこともあったようだから、これはもう物見遊山の観光旅行などというものではない。猿岩石のことを話題にしてみたが、静かに微笑んでいるだけだった。

夜遅くまで、時間を忘れて彼の土産話しに聞き入った。いずれ、彼のコーナーをつくるなどして、何らかの形でじっくりと紹介してみたいと思っている。ナマの体験にもとづく彼の話しは、それほど貴重なスナップであり、示唆に富んだ心のスケッチだったからである。

とりあえず、印象に残った話しをひとつ。

あてがいぶちのパック旅行や団体旅行ではなく、荷物を背に旅して回るような旅行者をバックパッカーと呼び、アジアにもアフリカにもそういう連中が世界中から集まっているが、
日本人旅行者の生態はどんなものか。他の国の人々にどう映っているのか。

彼の表現は明快だった。

日本人のは世界一もてる。
日本人の
は世界一もてない。


その理由は簡単だ。
日本人のは、簡単に寝るし、簡単に金をくれる。
日本人のは、女にアピールする表現力も気合いもない。

誤解を招かないように言い添えておこう。彼は日本でも海外でも、人種を問わず女性にもてる男である。中年男のひがみなんかではまったくないのである。

それにしても、久しぶりの日本の街を歩きながら、彼は驚いていた。
若い女の子のファッション、他の国なら、みんな娼婦に見られるだろうね。

1998年8月9日(日) 1ケ月以上もなにやってんの?
引っ越して1ケ月が過ぎ、ようやく前向きの仕事にとりかかれそうな状況になってきた。ビルの改装も来週にはほぼ完了し、今月下旬には来客をオフィスへ迎えられるようになると思う。

面倒くさがりのくせに、完全主義。人と違うことをやりたいくせに、心配性

チェーン展開に関心を寄せていただいている方、協力していただいている方々をお待たせし、焦る気持ちは募るばかりだが、走り始めてから足がもつれるのもイヤなので、準備運動は念入りにしたい。

それにしても、1ケ月以上もなにやってんの?というご批判(誰も、そんなこと言ってない?)に対し、自分自身への弁解ということで、準備体操の実態をちょっと確認しておこう。

1.物理的な荷物の整理・・・改装工事と並行してなので、極端に効率が悪い。

2.資料の整理・・・数年の間にたまった書類を整理しながら、取り組むべき課題をあぶり出すのだ。

3.社会保険などの手続き・・・健康保険・厚生年金・労働保険・雇用保険。小なりといえ、企業ですから。

4.本社ビルの管理業務・・・これも仕事のうち。契約書類やらなんやら、手の抜けない仕事。

5.鬼怒川店のマニュアル作成・・・3年間のノウハウの集大成。これが店舗運営のバイブルになるのだ。

6.決算準備・・・当社の決算日は6月末。システムのチェックを含め、事務処理はけっこう煩雑。

7.パソコンシステムの改良・・・本部のLAN、INETとの接続、鬼怒川店とのWAN。苦闘の毎日。

8.チェーン展開のプレゼン資料作成・・・これこそが本業へ直接つながる作業。いい加減にはできない。

9.本部開設の通知・・・その前に住所録の整理。根気のいる作業だが、これこそ企業活動のベース。

現時点で、以上の1/3くらいが終わった感じだ。誰からも強制されない反面、どれも人任せにできない仕事ばかり。さぁ集中力を高めて、階段を登っていくぞ!

1998年8月16日(日) 世代ギャップのマクロとミクロ
2週間前、海外における日本人旅行者の生態について書いた。友人は日本人の女性たちの貞操観念の喪失を嘆いていたが、私も大きなショックを受けた。しかし、そのことを書きながら、私は自分自身のリアクションに苦笑していた。
近頃の若い娘はどーのこーの。こういう話題になると急に感情的なモラリストになる、これは間違いなく典型的なオヤジの兆候だ。そのせいか、書きなぐった後、どうも後味が悪い。なにか違う、という気分が残った。少し考えてみた。

自分の息子を含め、ハイティーンの連中と接していると対話のベースが成り立ちにくいことを強く感じることがある。議論しようにも、同じ舞台に立てないようなもどかしさがある。
たとえば、世の中の矛盾に対して問題意識を持ち、これをなんとかするために現状に抗おうとする情熱、その志を共有できる仲間を求める欲求。そういうパッションが希薄なのに驚かされ、言葉を失ってしまう。
社会の中での個人をとらえようとする空間軸のイメージや、過去から現在・未来へと考えを組み立てていく時間軸が曖昧になっていると、意見交換はすれ違いばかりになる。きわめて
個人的で感覚的な快さだけが判断の基準になるのでは、コミュニケーションはむずかしい。

目標と方法論を明確にして未来への夢を描き、そのために不断の努力を続けることの大切さを語っても届かないし、自立した人間になることの価値を説いても通じない。いいんじゃないのとかうざったいよという言葉を返された瞬間、人間の価値とか生きていくことの意味に向って語り合う意欲が萎えてしまう。

1960年代の後半にハイティーンであった私には、主義主張は別として、社会を考え、未来を考え、自分を考えることこそが自分の存在そのものを意味のあるものにしてくれるという意識があり、この感覚を多くの人と共有できることを信じているところがある。この確信に安住しているのは単純に過ぎることかもしれないが、信じていられるのは幸せなことだ。
時代は違っても、人間が社会的な存在であるという点において、今のハイティーンたちも客観的にはまったく同じ空間と時間の中に生きているのだと私は思っている。違っているのは、彼らが、そのリアリティを実感する機会を徹底的に失っている点なのではないか。そんな状況は、世界的に見て、きわめて特異な状況に違いないし、ある意味でとても不幸なことだと、私には思える。

海外を放浪する日本人、とくに女性達が増えているらしい。日本や日本人に対する生理的な嫌悪感。自分の居場所がないような疎外感。既存の倫理観から跳ぼうとする欲求。マクロ的に見れば、彼女たちの生態を「孤独な反乱」と呼ぶ見方は正しいし、健康的な反応であると思う。。しかし、ミクロ的に見れば、あまりに幼稚で、無防備で、不勉強で、傲慢で、無自覚に過ぎる。例えば、イスラムの国の彼と結ばれ、子供をなし、結婚し、かの国に暮らしている女性達の多くがどういう状況で毎日をおくっているかという情報は少しも伝わっていない。大使館の落書き帳には彼女たちの助けを求める叫びがあふれているそうだ。

感覚に流されていった挙げ句に現実に捕らえられてしまう、マクロ的に見れば、それは日本という社会の罪だが、ミクロ的に言えば、見えない現実をバカにし、見ようとしなかった者の罪なのだ。

時代が教師という言葉がある。世の中、不況、不況と騒がしいが、金にあかせて空いっぱいに書き割りの青空を描いてしまった時代こそ異常なのだ。時代の雰囲気が変われば、人間たちの在り様も一変する。悩み、考え、努力することが肯定的に語れる時代になってほしいと思う。

1998年9月13日(日) 自分の頭で考えるのは難しい
1週間分の新聞をまとめて読んだ。「未知しるべ」(9/5 朝日新聞夕刊  内藤 廣)というテーマで書かれた興味深いエッセイをみつけた。その中で引用されている植物学者Kさんの発言に目が止まった。

「どうして日本人は、ヨーロッパの田園地帯の風景にあこがれるんでしょうねえ。植生的にはあれほど貧しい風景はないのに」

私自身、以前車窓に見たパリ郊外の田舎町の風景に心引かれていたから、「美意識を疑ってみよう」という副題は目に痛かった。雑木林と雑草が繁茂する日本の自然の方がずっと豊かだというのだ。

自然とは違うが、私の中には伝統的な文化や景色との調和など考えもせず、無秩序な破壊と増殖を続けているような日本の街並みに対する嫌悪感がある。しかし、これも混沌とした多様性という目で見れば、ずっと豊かな風景ということになるのだろうか。

新聞紙上では、相変わらず金融不安の記事が騒がしい。不透明で曖昧な日本の社会。それに比べ、オープンでフェアなアメリカがすがすがしく、潔い社会のように見えてくる。多様な人種、多様な文化の中で磨き上げられてきた、自由市場という合理的な価値交換のシステム。基本的に日本もこういう方向に進むべきだと私は感じていた。

しかし、フランス人やドイツ人の多くは市場のメカニズムにすべてをゆだねることに懐疑的らしい。人々の尊厳や文化を守っていくためには人為的な調整が不可欠という考え方らしい。

今までなんとなく信じていたことに寄りかかれなくなるのはつらい。人と「そうだよねー」と安易にうなずきあえなくなるのもつらい。経済システムなんて、私のような素人がいまさら自分なりの意見を持つには難しすぎるテーマのように見えて、無力感にとらわれそうになる。でも、この問題抜きに21世紀の世界観や価値観を語るわけにはいかないようだ。

「旅籠屋チェーン」も、そろそろ核心に迫る仕事に取り掛かる段階に来た。海図なき航海への船出は無上の喜びでもあるが、いろんなことを自分の頭で考えなければならないのは骨の折れることだ。

1998年9月21日(月) 本社オフィス、いよいよオープン!
きょう、また鬼怒川に来ている。
この夏、雨が多かったせいか、壁に水垂れの跡などが目立ってきたので掃除の加勢に来たのだが、着いたらまた雨。でも、東京と違い、木々を濡らし、地面に染み込んでいく雨だれの音は悪くない。明日も天気は回復しないようだが、合羽を着てゴシゴシやるつもり。
私個人は、都会よりも自然に恵まれた場所での生活の方が性に合っている

ところで、東京の本社オフィスの準備がようやく整った。

1.物理的な荷物の整理・・・改装工事と並行してなので、極端に効率が悪い。
2.資料の整理・・・数年の間にたまった書類を整理しながら、取り組むべき課題をあぶり出すのだ。
3.社会保険などの手続き・・・健康保険・厚生年金・労働保険・雇用保険。小なりといえ、企業ですから。
4.本社ビルの管理業務・・・これも仕事のうち。契約書類やらなんやら、手の抜けない仕事。
5.鬼怒川店のマニュアル作成・・・3年間のノウハウの集大成。これが店舗運営のバイブルになるのだ。
6.決算準備・・・当社の決算日は6月末。システムのチェックを含め、事務処理はけっこう煩雑。
7.パソコンシステムの改良・・・本部のLAN、INETとの接続、鬼怒川店とのWAN。苦闘の毎日。
8.チェーン展開のプレゼン資料作成・・・これこそが本業へ直接つながる作業。いい加減にはできない。
9.本部開設の通知・・・その前に住所録の整理。根気のいる作業だが、これこそ企業活動のベース。

以上、8月9日にまとめた作業項目なのだが、8以外は大部分やり終えた。予定より1ケ月も遅れてしまったが、あす戻ったらいよいよ前向きの仕事に取り掛かれる。

5年前、旅籠屋の誕生を目指し、企画書を携えてあちこち歩き回った頃の気分がよみがえってくる。かすかな高揚感と不安。でも、すべてが机上の計画だったあの頃とは違い、今は過去3年間の体験と実績が財産になっている。

しかし、世の中不景気風が吹きまくっている。突破口を見つけるのは容易ではないだろう。楽観できる状況じゃない。でも、難しいから切り開く値打ちも高まるというものだ。
中田を見習い、自分を信じて、チャレンジするのだ。

と、これを客室のテーブルの上にノートパソコンを置いて書いている。じつは、私自身が客室に泊まるのは今夜が初めてなのだ。うーん、部屋も広いし、落ち着けて悪くない。自画自賛。いけるよ、旅籠屋!

1998年10月3日(土) 不景気な話しはもうやめてよ
寝ても覚めても、猫も杓子も、不景気な話しばっかり。もういい加減にしてほしい。
円安の影響を受けて輸出で大もうけしている会社もあるだろうし、バブルに乗り遅れたことが幸いして堅実に業績を伸ばしている企業もあるだろう。なのに、そんな話しがちっとも聞こえてこない。

等しからざるを憂う、という感じ方もわかるけど、不況の時代に儲かっているなんて不謹慎、そんなニュースは反感を買うだけだ、というような風潮があるとしたら、それは1億総不動産屋、1億総株屋と言われた10年前の裏返しじゃないか。

このタイミングをとらえ、長年蓄積されてきた構造的な問題点を暴きたて改革を迫る旗手になろうという心意気は良いが、マスコミが状況を増幅し続け、結果として時代を一色に染め上げてしまっているとしたら大問題だ。昨今の消費や設備投資の低迷には「マスコミ不況」っていう面もあるんじゃないの。

こんな時こそ、成功している話し、儲けている話し、明るい話題にスポットを当てて我々を励ましてほしい。批判して、減点するのは得意なくせに、プラスを評価し建設的な行動を起こすことには臆病、お役所の官僚たちと同じじゃないか。

鬼怒川温泉周辺に限らず、全国の観光地で旅行者が減りつづけているらしい。旅館やホテルも生き残りをかけてリストラやコストダウンに励み、宿泊料金も下がりつづけている。こういう時こそ格安に旅行するチャンスなのだが、毎日毎日マインドを冷やされて消費者はお金を使う気を無くしている。これじゃ悪循環だ。

ほんと、景気のいい話しを待ってるよ。

1998年10月11日(日) 官製の観光情報など無用だ!
運輸省は、「観光情報データベース」を構築するそうだ。概要を紹介する。

1.全国のホテル・旅館・観光スポット・飲食店などのサービス内容、料金、地図などを一元的に集約する
2.インターネットで誰でも自由に無料でアクセスできるようにする
3.日本語だけでなく、英語版・中国語版・韓国語版も用意し、外国人観光客の需要喚起を図る。
4.データの信頼性を維持するために、掲載施設にアンケート用紙の設置を義務付け、クレームが多い場合は改善を求めるなどの処置も検討する。
5.データベース自体は外郭団体である「国際観光振興会」に設置する。
6.新規事業の柱のひとつとして位置付け、来年度予算の概算要求に整備費として10億円を盛り込む。

このニュースはプライベートな業界情報サイトや業界新聞(日本海事新聞)などに発表されたのだが、不思議なことに肝心の運輸省や実際にこのシステムの管理運用を行なう国際観光振興会のサイトにリリース内容の記載はない。どこで原文が見られるのだろう。

それはともかく、私はこのニュースを読んでひじょうに不愉快な印象を持った。はっきり言って大反対である。余計なお世話だ。金の無駄だ。

断言しよう。よしんば10億円の予算がついたとしても来年度中の構築は不可能だし、スタートした後も使い物になど決してならないし、廃墟のようなサイトになるだろう。私の意見は以下のとおりだ。

1.自由な市場に任せれば良い。今は、役所の関与ではなく、関与の撤廃こそ必要。発想を変えろ。

ニュース記事のなかには、データベース構築の目的が明確に記されていないが、表向きの目的は、一元的に管理された「公正な」情報を利用者に提供することによって、その利便性を図り、観光業界の健全な発展と近代化を促す、というあたりだろう。
冗談じゃない。私のような新参者であっても観光業界の抱える構造的な問題を実感するが、その結果は何より利用者の減少による経営破綻という形ですでに淘汰が進んでいるのだ。役人が「公正な」情報をまとめなければ業界の健全な進歩がないという発想そのものが利用者や企業家をバカにしている。少なくとも当面は、市場のメカニズムに委ねておけば良いのだ。

いっぽうで会計検査院の発表によれば、厚生省・社会保険庁、郵政省、雇用促進事業団、簡易保険福祉事業団、年金福祉事業団が設置し、宿泊設備を持った三百七十施設のうち半数以上が赤字経営に陥っているそうだ。公的機関だからこそ、安価で質の高い施設が提供できるということで作られたのだろうが、これも役所が民間を見下し、不信感を持っているという意味で同じ発想にもとづくものだ。
直接間接に多額の公的資金をつぎ込み、しかも周辺の民間の宿泊施設の営業を妨げている。コスト意識の欠落した放漫経営、または補助金の額を確保するための粉飾経理。公然の秘密だ。

東京オリンピックを契機として、ガイドラインという名のさまざまな規制を業界団体の整備とあわせて築き上げてきたことが今や構造的な問題の解決を困難にしている。ある時代において合理性のあった政策や法律がその後の業界の発展と新陳代謝を妨げている。
業界団体への加盟と推薦がなければ公的融資の申請ができない仕組み。。ガソリンスタンドやレストランは建てられても宿泊施設は限られた地域にしか建てさせない法律。それだけで分厚い1冊の本ができているほどの行政指導。既得権と硬直化した業界秩序から手を引け。今はそのことが利用者の利益につながる。

2.官製のデータベースに生きた情報は集まらない。金の無駄だ。

今ごろ運輸省が言わなくても、観光情報がインターネットに適した、利用者のニーズの高い情報であることなど、誰もが知っている。会員登録が不要で誰もがアクセスできるデータベースは、いくつもある。例えば
やど上手やどかり全国 旅行・観光情報ホームページを持っているペンション一覧みんなのペンション広場宿泊施設一覧日本の宿
いずれも、会員登録不要で自由にアクセスできるサイトばかりだ。宿のほうでの登録ももちろん無料だ。

こうしたサイトの多くは、有用な情報を集めてアクセスを増やし、バナー広告を勧誘することによって維持費をまかない、収益をあげようとしている。だから、情報が少なかったり、鮮度や精度が低くなればアクセスが減り、淘汰されるリスクを背負っている。お役人は、運輸省が号令するのだから黙っていても情報は集まるだろうとタカをくくっているのだろうが、私は上に挙げた民間サイトの担当者がひとつひとつの観光地をまわりながら情報の提供を頼んで回っていた努力と苦労を知っている。掲載無料であっても、データベースと呼べるほどの情報を集めるのは容易なことではないのだ。
そもそも運輸省のサイトに広告なんか載せられるの?聞こえの良いお題目だけでサイトの構築やメンテなんてできるわけがないのだ。ウェブサイトのメンテや情報の収集を甘く見てるんじゃないの。

だいたいどこから10億円なんていう数字が出てくるんだろう。天下り先の外郭団体に仕事を世話して予算をつけようというのが本音なのだろうが、子供だましは止めにしてほしい。だいたいこういうニュースを無批判に掲載するマスコミも情けない。今のうちに計画をつぶしておかないと予算がつくと既成事実になってしまうのだ。

3.生であること、多様であることが情報の値打ち。情報の一元化やアンケートの効果なんて幻想だ。

上に挙げた民間のデータベースの多くに「旅籠屋」も情報を登録している。その時に困るのが、指定された定型のフォーマットを求められることだ。例えば、料金の欄は「1泊2食付きの1人料金」、宿の種別は「旅館・ホテル・ペンションの中からの選択」だったりする。「旅籠屋」にはなじまないのだ。

記事によれば、運輸省の計画するデータベースでは希望の料金を入れると検索結果がでるような仕掛けを作りたいらしい。一見便利そうだが、それはサービスの形態や料金システムが共通している場合にしか成り立たないことを見落としている。これでは新しい業態やサービスを提供しようとする施設をはじき出すことになる。テーマパークにおける入場料と施設ごとの料金の組み合わせ方もいろいろでしょうに。

およそサービス業というものは、無形のものを提供している部分が大きく、料金という項目で一律に検索することが難しい場合が多い。飲食施設であれ、宿泊施設であれ、断片的な情報では判断できないものだ。そういう中にあって、インターネットというものはその施設の発信する生の情報に直接触れることがことができるという意味で、とても貴重なものだと思う。「旅籠屋」のような新しいスタイルの施設がホームページを持つことの意味はそこにある。

情報の一元化だ、アンケートの設置義務だ、どれも役人が机の上で考えたアイデアなのだ。自分勝手な客が実情を知らない相手に書き送ったクレームなんて、誠実で的確な改善の邪魔になるだけだ。

めずらしく、長々と書いてしまった。かなり感情的になってしまったので論理的でないところ、説明不充分な所もあるが、言いたいポイントは書いたつもり。「ゲストブック」へご意見をお寄せいただければ幸いです。

1998年11月4日(水) トップがアホやから
久しぶりにバイクで、3泊のソロツーリングに行って来た。「旅籠屋」チェーン店の候補地を見て回りながら、1日に仙台郊外のスポーツランド菅生で開催された2輪の全日本選手権のレースを観戦してきた。今シーズンの最終戦ということで、主催者はMFJ。MFJというのは2輪のレース全体を統括する公益法人で、4輪のJAFに相当する組織だ。管轄は文部省なんだそうだ。

レースを見に行くたびに思うのは、もっともっと観客の立場に立ったサービスを心がけて欲しいということ。それは、レース自体の演出にも言えることだ。いつも型どおりの進行が繰り返されるばかりで能がない。アメリカのメジャースポーツのショーアップ精神に学んで欲しいと思う。だいたいMFJはいまだにウェブサイトすら開設していない。偏見かもしれないが、公益法人に心の通ったファンサービスなんて不可能じゃないかと思ったりする。

先日、Jリーグの横浜フリューゲルスがマリノスに吸収合併されることが報じられた。詳しいことは知らないけれど、経営者の無能が原因だったのではないかという疑念を抑えられない。

私はかつて、大会社の子会社で10年以上サラリーマンをしていたことがあるが、そこで痛感したのは経営者が天下りで派遣されてくるような企業はろくなもんじゃないということだ。官僚の天下り先である公益法人、親会社の中間管理職が出向してくるようなJリーグの経営会社、いずれも状況は似たようなものではないかと推測してしまう。

プロスポーツは興行ビジネスの世界だ。そこでは、時代の雰囲気を先取りして仕掛けていくような独特のセンスが求められると思う。役人のセンスや大企業のサラリーマンとは違った経営感覚が必要だと思う。鋭い感覚と自由なアイデア、大胆迅速な決断力と堅実なバランス感覚。これらがそろわないと夢のある世界なんて生まれない。

今の不況、集団に寄りかかってきたわれわれ日本人ひとりひとりの人間力が問われているように思えてならない。情熱と実行力を持った面白い人間たちがたくさん登場してきてほしいと思う。

評論家みたいに批判ばっかりしていちゃいけないのでした。これは、私自身の課題でもあります。

1998年11月22日(日) 情報に追いつけない
久しぶりに「鬼怒川店」に行き、2日ほど店番を務めて帰ってきた。

いつものことだが、数日自宅を空けると、目を通していない新聞がたまってしまう。主なニュースはテレビで見ているし、そのまま古新聞入れに片付けてしまえばよさそうなものだが、几帳面というか貧乏性というか、日付を飛ばして読むのに抵抗があって、ひととおり目を通さないと「今日とにいう日」にたどりつけない気がする。

私が定期購読している印刷媒体は、これ以外にも「日経パソコン」など3誌、Eメールで送られてくるメールマガジンが10近く、毎日巡回しているニフティサーブの会議室がこれまた10以上ある。さらにWOWWOWやCATVの番組ガイド、頼みもしないのに、クレジットカードやJAFのPR誌、通販カタログなども送られてくる。もちろん、こんなに読めるわけがない。それどころか、はっきり言ってほとんど読んでいない。新聞にこだわっているのも、せめてひとつくらいちゃんと読み通している実感が欲しいという気持ちからなのかもしれない。

そもそも、この程度の「定期購読」量は、人並みはずれて多いものなのだろうか。そんなことはないだろう。今の私の生活には通勤や昼休みなどの「なんとなく行動を制約された時間」というものがないので、意識的に努めないと雑誌を読んだりする機会がない。これがいけないのかもしれないと分析したりするが、時間や習慣というものは自分で作り出すものだ、という正論がすぐに浮かんできて、状況を正当化するわけにもいかない。

テレビだけでも地上波、BS、CATVとチャンネルは多くなるばかり。そこにEメールだ、インターネットだと、アクセスできる情報は増え続けるいっぽうだから、たいへんだ。

本来、情報はそれを自分なりに受け止め、自分なりに消化して、自分なりの判断や行動の材料にすべきものだと思うが、目の前にご馳走が並びすぎると食傷気味になって慢性的な消化不良。血にも肉にもなりゃしない。

どうしたものか。これは結構憂慮すべき事態かもしれない


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