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「旅籠屋日記」は、会社の公式見解ではなく、当社の創業者で代表取締役を務めている
甲斐 真の日々の思いをつづった 個人的な日記あるいは随想です。
したがって、書き込みの内容についての責任は会社ではなく、個人に帰します。
ただし、その信条や個性が「旅籠屋」という事業を生み出し牽引する、
重要かつ不可欠な要素であると考え、
あえて「旅籠屋日記」という名称を用い、 「旅籠屋」のサイト内に置いています。
「旅籠屋」という会社やその事業が、
広く社会の中でどのような存在になることを目指しているのか、
その理念とコンセプト、背景にある感性の源泉を汲み取っていただければ幸いです。

2019年8月12日 イギリス、バイクツーリング 8日目

●8日目・・・6月26日

飛行機の便は夕方なので、昼過ぎまで自由時間。
大好きな街歩きの時間。
まずは、ホテル近くのパディントン駅へ。
入口脇の壁に大きな絵が何枚も飾られている。
犬連れの家族がイギリス各地を旅してまわっているシーンが描かれているが、とても可愛くてほっこりしてしまった。
行かれる方は、ぜひ見てください。

 

駅の構内、ホームの横に、有名なパディントンベアーの像や絵がさりげなく飾られている。
前に来た時に見かけたのだが、今回もこれを探して構内をうろうろ。
改札口がないので、自由に列車の脇まで行ったり来たり出来る。

 

続いて、駅の北東方向に歩いて有名なアビーロードの横断歩道へ。
途中迷ってしまい1時間以上かかってしまった。
途中で黒人のお兄ちゃんに尋ねたら親切に教えてくれた。
彼が笑いながら言ってたとおり、周囲には観光客がいっぱい。
50年も経つのに世界中から人を引き付けるなんて、ビートルズはすごい。



ホテルに戻る途中、ロンドンでもっとも美しいと言われているリージェントパークへ。
ここも2度目だが、広々とした緑の空間は、人もまばらで素晴らしい雰囲気。
町中の喧騒から離れ、車の音もなく、くつろげる。
犬がリードなしで散歩したり自由に走り回ったりしている。
私が住んでいる浅草界隈にも、こんな公園があったら、どんなにいいだろう。
上野公園も人が多すぎるし、犬を遊ばせるなんて無理。

 

最後に、無料公開という案内に魅かれ、貴族の館へ。
Wallace Collection。
外観やアプローチの雰囲気は、大英博物館に似てるような。
館内には、集められた武具や絵画、陶磁器などが、あふれんばかりに展示されている。
大英帝国の栄華と富の蓄積にあらためて驚かされる。
絵画の中には、レンブラントの自画像もさりげなく飾られていた。
ものすごい値がつくだろうにと、下世話なことを考えてしまった。

 

以上で、今回の旅は、ほぼ終了。

あれから1ヶ月半も経ってしまったが、やはりバイクの旅は、一般的な観光旅行よりもはるかに思い出が濃い。
歳も歳だし、気力体力のあるうちにと思って半ば衝動的に申し込んだが、行って良かった。

何よりも、日本とはまったく異なるイングランドの地形や風景を感じることができた。
同じ島国で、面積は日本の方がずっと広いけれど、使える土地の広さは逆だと思った。
2,000km以上も走ったが、トンネルは一度もくぐらなかったような気がする。
それだけ、高低差がなかったということだ。
日本の自然の変化の豊かさをあらためて感じた。
高速道路を作る費用と手間と技術、おそらく日本は世界一ではないだろうか。

そして、田舎町の景色の違い。
どこへ行っても、石造りの素敵な建物とセンスの良い庭が並んでいて、 無秩序な日本の街並みが情けなく思える。
でも、何日も同じような風景を見ていると、単調な気がしてくる。
新しいものに飛びつかない頑固さと、それを許さない無言の圧力のようなものもあるのかもしれない。
それに比べ、雑多ではあるけれど、日本の地方の街や村は無邪気なスッピン。
もう少し統一的な美的感覚を持ってほしいと思うが、見られることなど意識していない無防備な正直さにあふれている。
好きではないが、これもありなのかもしれないと、少しだけ思った。

それにしても、歴史や伝統を重んじる性向は、間違いなく文化的な雰囲気を醸成する。
厳然と継承されている貴族階級の存在が、保守的な安定を支えているのかもしれない。
それは一種のプライドなのか、排他的なアイデンティティなのか。
EUからの離脱問題のニュースが騒がしいが、現地ではなんの兆候も感じられなかった。

古い歴史を持つ島国という意味では似ている日本とイギリス。
でも、両者の国民性は対極にあるようで、イギリスには独特なこだわりを捨てないでほしいと思う。
前のめりのグローバリズムのスピードの方が異常なのだ。

一言でいうと、さりげなくもとことん人間くさいイギリス、住みたくはないけれど、気に入りました。
また、訪ねる機会はあるのだろうか。

2019年8月5日 イギリス、バイクツーリング 7日目

●7日目・・・6月26日

きょうは、バイクツーリング最終日。
レンタルバイクの店まで戻るのだが、途中、街並みの美しさで有名なコッツウォルズ地方を抜けていく楽しみなコース。



古くから羊毛の交易で栄えた地域らしいが、時代の波に取り残され、原風景が残ったということ。
日本でも同じ。
昔「妻籠」に行った時、宿の人に「見捨てられた場所だから残っただけですよ」と言われたことがある。
都会人のノスタルジーと地元の人たちの視点は違う。

そんなことはともかく、丘を抜けていくと、蜂蜜色の石造りの建物が目立ってくる。やさしい外観。
最初に立ち寄ったのは、Chipping Campden。

素晴らしい天気で、お伽の国のよう。
茅葺の家もある。



細かく手が入れられているけれど、人工的ではなく自然な雰囲気。
いわゆるイングリッシュガーデンと呼ばれる家々の庭を眺めながら、街中を散策。
壁を飾るハンギングバスケットの植え込みも、ほんとうに上手で美しい。
日本と異なる地形や気候、自然や緑との付き合い方のベースにある感覚が明らかに違うのだろう。
こういうものはひとつの文化だし、うわべだけ真似てもダメ。
日本で時々見かけるプラスチックの鉢をそのまま見せている家など皆無だ。

 


続いて、Bourton-On-the-Water という街に立ち寄る。
ここは、以前にも来たことがあるが、その時は雨が降っていて寒かった。
今回は、最高の青空が迎えてくれた。



街中を流れるソ水深の浅い、人工の水路。
以前、ニュージーランドのクライストチャーチという街に行った時、底の浅い船で水路を巡ったことを思い出した。
たしか、パンティングとか言う舟遊び。
水鳥がゆっくり泳いでいて素晴らしい雰囲気。

 


1時間ほど散策した後、ロンドン方面に進み、午後には郊外のレンタルバイク屋さんにバイクを戻す。
結局、今回のは6日間で3回も立ちコケしてしまい、バイクを傷つけてしまったので、修理代がどれくらい請求されるかと心配。
でも、金額は、じっくりチェックして後日連絡が来ることになった。
なんだか気が重くなるが、仕方ない。
アメリカのツーリングの時のように、全額保証の保険があったらよいのにと思う。

とにもかくにも、怪我もなく無事戻ってこれたし、ずっとさわやかな晴天に恵まれたことに感謝。
店主に「なにとぞ、よろしく」という気持ちを込めて握手し、タクシーに分乗して、Gatwick空港へ。
直通の電車に乗り替えて、ロンドンのPaddingtonへ。



ホテルは駅の近くの建物。 ここもエレベーター無し。もう慣れてきた。

下は、ホテルのすぐ近くのビル。
壁一面に花を植えたバスケットが飾られているが、水やりはどうするのだろう?



夕食は添乗員さんお勧めのワインバーへ。
店内の雰囲気も料理もとてもよかった。
大陸は40℃を超える熱波が来ているらしいが、ロンドンの夜は肌寒いくらいだった。



2019年8月5日 イギリス、バイクツーリング 6日目

●6日目・・・6月26日



旅も後半。
きょうは早起きしてブリテン島に戻り、ひたすら高速道路を南下し、シェイクスピアの生誕地で有名な街へ。



フェリーはすいていて、船内でゆっくり昼食をとる。
海を見ると、海の中に無数の風力発電。
これが良いのか悪いのかはともかく、知らないうちに世界は変化しているのだなぁと思う。
我々がメディアを通して得ている情報なんてほんの一部。
来てみないと気づかないことがいっぱいある。



途中で立ち寄ったSA、ここにもMOTEL。
「Travelodge」も「DaysInn」も、アメリカ中にあるチェーンだが、前者はイギリスに500軒、後者は40軒ほどあるらしい。
SA内といっても、広い芝生の中に建っていて、なかなか良い雰囲気。



昼過ぎからずっと高速道路を走り続け、夕方6時過ぎに、Stratford-Upon-Avonに到着。
ここは、世界一の店舗数を誇るMotelチェーン「Best Western」を名乗っているが、元々は古くからある宿なのだろう。
集客のために、チェーンに加盟しているのに違いない。



歩いて数分のところに、シェイクスピアの生家。 500年以上も残っているのがすごい。
残念ながら見学時間は終わっており、内部は見られなかった。



道の反対側の写真。左側手前が生家。
500年前はどんな通りだったのだろう。
もちろん、電柱も電線もない。



2時間ほど、街中を散歩したが、旧市街地は観光客向けのこぎれいなショップばかり。
ここは、ピーターラビットのお店。閉店前に来たかった。

世界中、有名な観光地は、どこも観光客向けのお店が軒を連ねている。
自然なことだし、かわいらしくて期待通りなのだが、作られた虚像のような感じもして、少ししらける。
オーバーツーリズムの問題にもつながる、難しい自問自答。

散歩の途中、裏通りで日本食の食堂を発見。
たこ焼きとラーメンを注文したが、ラーメンはひどかった。
日本人がやっている店ではないらしいので仕方ないが、これが日本料理と思われるのは残念。
近くのテーブルでは、白人カップルが寿司を食べていたが、3ダースくらいの握りをひとりで平らげていた。
うーん、質より量のこの感じにも違和感。

2019年8月4日 イギリス、バイクツーリング 5日目

●5日目・・・6月25日



今日は、終日マン島に滞在。
全員自由行動だが、4台は添乗員に先導してもらいながら、TTレースのコースを一周。
ホテルから少し斜面を上がった地点が、スタート・ゴールのメインスタンドのある場所。



すぐ右を走る一般道路と並行して、ここだけ専用のピットレーンのようになっている。
表彰台の上から撮影した動画はこちら。うまく再生できるだろうか。

オートバイやレースに興味のない人も、「マン島TTレース」という言葉を耳にしたことがあるかもしれない。
終戦から10年も経たない1954年、当時世界的にはまだ無名だったホンダの本田宗一郎が、ヨーロッパ視察の途中にこのレースを観戦し、
帰国後、まったく無謀な「出場宣言」を発表し、数年後に優勝したことは伝説的なエピソードだ。
この経緯については、こちらをご覧ください。当時の日本人と日本企業の志の高さと強さを感じることができます。

ごく簡単に紹介すると、このレースのスタートは100年以上も昔の1907年。
以来、レギュレーションやコースが変更されながら今も続き、今年も5月、1週間にわたり開催された。
特徴は、専用のサーキットではなく、島内の一般道路がコースになっていることで、これまでに観客を含め300人近くの事故死が発生している。
戦後始まった2輪の世界選手権においても、主要なレースの一つになっていたが、このようにあまりに危険だということもあって、
メーカーやトップライダーは参加を忌避するようになり、1976年以降は独自の単独レースとして、特異な存在であり続けている。
詳しくはこちらをご覧ください

ただし、言葉や文章では伝わらない。
ぜひとも、こちらの映像をご覧ください上の写真の場所も出てきます。6分あまりの記録映像です。
ご安心ください。事故のシーンはでてきません。



コースの途中の集落。
1周、約60kmのコースの2/3くらいはこのような普通の民家の間を走る。
ここを200km/h以上のスピードで競争するなんて、正気の沙汰ではない。
もうしばらく走るとコースは市街地を抜けて、ゆるやか丘へ。
少し暗くなり、雲行きが怪しくなってきた。



丘のコースに入ってくると、濃い霧。 前のバイクのテールランプを頼りに、走る。
途中、もっとも標高が高いあたりのコース脇に立てられた、伝説のライダージョイ・ダンロップの銅像を見に行く。
マン島TTレースの最多勝利を誇る彼は、2000年、エストニアでの公道レースで事故死。享年48歳。
その後、彼の弟や息子たちがマン島TTレースに参戦している。
ホンダのレーシングマシンにまたがりコースを見下ろしている彼の表情は、やさしく微笑んでいる。
深刻な表情でないのが、いい。
ちなみに、この像の建立費用を負担したのは、彼にヘルメットを提供していた日本のARAI。
粋なことをしたものだ。



なんとか、コースを一周して、ダグラスの街へ戻る。
ゆっくり2時間近くかけて走ったが、レースでは60kmを20分以内で1周するらしい。
もう1周する他のメンバーと別れ、ホテルに戻り、午後は、ゆっくり街中を散策。
公式Tシャツを製造販売している店のここが本店。
名前も「TT SHIRTS」、シャレている。
お約束のお土産を購入。



街の中心部はこんな感じ。ここでも、電柱や電線は見えない。
TTレースの旗やバイクが飾られていて、レースが観光イベントの中心になっていることが伺える。
2〜3時間ぶらぶら散歩して、早めに就寝。
あすから、 旅も後半だ。

2019年7月31日 イギリス、バイクツーリング 4日目

●4日目・・・6月24日



今日はいよいよマン島へ渡る日。
少し遅めにウィンダミアのホテルを発って、Heyshamという港町のフェリー乗り場へ。
有名な三本足のマークが出迎えてくれる。
このマークを見て、NHKの大河ドラマ「いだてん」を思い出す人もいるかもしれない。
私は「いだてん」の放映開始の時から、「あれっ? これってマン島のマークじゃないの?」と不思議に思ってました。
なにか関係があるのでしょうか?



それはともかく、マン島の複雑な歴史と立場については、Wikipediaをご覧ください
島内でしか通用しない独自の通貨があったりして、中央集権が進んでいる我々日本人には、驚きです。



駐車場で乗船待ちをしていたら、1926年製のベントレー。
もうじき100歳! 現役で走ってるのがすごい。
こういう所も、イギリスの懐の深さ、乗り物文化の確かさ。
なんだか、素敵だなぁ。

マン島へは4時間弱の船旅。
ほぼ満席で団体客がうるさいし、退屈。
上のデッキに出てみたら、すぐ目の前をカモメが並走していて、その大きさにびっくり。
下に戻ったら、ペット連れ優先室があって、犬が何匹も足元に寝ていた。
我が愛犬と同じゴールデンリトリーバーも居て、思わず手を振ってしまった。
お店でも列車でも見かけることが多く、犬連れで旅行することが広く受け入れられているのがとてもうらやましい。



揺れることもなく、19時頃、無事にマン島の中心地Douglasのホテルに到着。
空堀に面した地階があって、間口の狭い建物。
イギリスの市街地で一般的なつくりだ。
それなりに古いのだろう。難点はエレベーターがないところ。
ここは、客室が4階だったので、狭く急な階段を使っての荷物の上げ下ろしがほんとうに大変だった。



夕食は、今夜もフィッシュ&チップス。
十分においしかったけれど、一皿をふたりで、ちょうどよい。


2019年7月19日 イギリス、バイクツーリング 3日目

●3日目・・・6月23日

じつは、 バイクツーリングの初日、ガソリンスタンドの近くで、さっそく立ちコケしてしまった。
走っている時は何の問題もないのだが、停止して足を着こうとした時につま先立ちになってしまい、バランスを崩して車重を支えきれなくなってしまう。
後ろのシートにカミさんを乗せていたので、怖い思いをさせてしまった。
身長の低さを嘆きたくなるが、スムースな減速と停止やシートから降りての取り回しの下手さ加減は私のせいだ。情けない。
結局、きょうから彼女は添乗する4輪の伴走車に同乗させてもらうことにした。申し訳ない。



今日は、前半は高速道路を北上し、後半は一般道路を走って、イングランド北部の景勝地「湖水地方」を巡る。
ロンドンの環状高速を離れてからリーズという町までは、ずっとM1という高速道路。
1号という名前が付いているので、日本の東名高速のような最大の幹線道路なのだろう。
通行量が多いが、 片側3〜4車線と広く、走りやすい。制限速度は70マイル=112km。ほとんどの車は100〜130kmで淡々と走っている感じ。
割り込みやあおり運転はなく、マナーは良い。1/4〜1/3は日本車、嬉しい。
おもしろいのは市街地が近くなって渋滞が発生するようなエリアになると、時間と区間を限定して路肩の走行を認めていること。
日本でも、渋滞時に限って2輪の路肩走行を認めるようにしようというアイデアがあるが、ぜひ実現してほしい。
最初に立ち寄ったSAには、もちろん宿泊施設。



走りやすいが単調な高速道路を降りて、ようやく一般道路に入る。
すぐに、SETTLEという町の小さな鉄道の駅に立ち寄る。
あまりの美しさ、かわいらしさに感動してしまった。
飾られている草花を含め、心を込めて大切にしていることが伝わってくる。


 

ご承知の通り、イギリスは鉄道発祥の地。車に押されて衰退しているのは日本と同じだろうが、鉄道マニアがボランティアで走らせている路線も多いらしい。
鉄道が、輸送という機能だけでなく文化として受け継がれ、大切にされ、定着している。
このあたりに、イギリスの文化的な深さや成熟した味を感じる。
日本では、経済的合理性だけで、線路や道や建物が捨てられていくことが多い。
やりきれない。うらやましい。あこがれてしまう。見習いたい。



田舎道を走り、いくつもの小さな町や村を過ぎると次第に家が少なくなり、荒涼とした風景がひろがってくる。
ヨークシャーデイルと呼ばれる地域だそうだ。
ここまで500km以上イングランドを南北に縦断してきたわけだが、島国とはいえ、日本とは景色が大きく異なる。
高い山がなく、見渡す限りなだらかな丘が続く。部分的に残る林を除くと牧草地。そこでは羊や牛や馬がのんびり草を食んでいる。
水田がないため、ゆるやかな斜面ばかりだ。




ヨークシャーデイルを過ぎると、湖水地方。
この辺りは明らかに氷河が作り出した地形に違いない。谷間には細長い湖が点在している。
ツーリングを楽しむ数多くのバイクとすれ違い、追い抜かれる。 人気の観光地らしい。
30分ほど待ってもひとりが集合場所に到着しないが、残りのメンバーで、今日の宿泊場所 Windermereのホテルに向かう。



ここは、湖水地方の中心地。たくさんの観光客でにぎわっている。
まだ外は明るいので、街を散策。
遅れていたメンバーは迷子になっていたらしく、無事に到着。良かった。




どの街もそうだが、電柱や電線が目に入らない。
地下に埋設されていない場合も、電線は建物の裏側に目立たないように通っている。
このあたりの美意識も見習いたいところ。
さぁ、あしたは憧れのマン島に渡る。

2019年7月18日 イギリス、バイクツーリング 1〜2日目

「木更津港店」や「大阪枚方店」のオープン準備、決算手続きなどに追われている時期だが、半年以上前に予約したこともあり、6月下旬、10日近くも休みをとり、強引にイギリスに行ってきた。「イングランド北部 湖水地方とマン島 9日間」というバイクツーリングである。

海外でのバイクツーリングは2度目。前回は、ちょうど3年前の6月中旬に行った「アメリカ大西部周遊とルート66 8日間」。
40年以上バイクに乗り続けているし何とかなるだろうと甘く考えて申し込んだのだが、ハーレーに乗るのは初めてで、乗車姿勢も操作方法も違うし、何より車重が400kgもあり、初日から立ちコケしてしまった。恐怖心さえ感じてしまい、グループから離れ、出発地のラスベガスでみんなが帰ってくるのを待つことにしようかと本気で考えたくらいなのだが、なんとか気を取り直し一日一日必死で旅を続け、1,700kmの行程を走りきることができた。

毎日40℃を超える気候で、後ろに乗るカミさんも大変だったと思うが、ギラギラ照り付ける太陽を感じ、乾いた風を受けながら雄大な風景に包まれる感覚は、観光バスツアーではけっして味わえないもの。何より、自分でアクセルを開け続けない限り進んでいかないのだから、能動的な意志を問われる旅であり、バイクツーリングならではの深みを生む。苦楽を共にする仲間とも、運命共同体のような心のつながりが生まれ、忘れられない色濃い思い出となった。

今回のイギリスツーリングも、3年前の記憶が後押しして決めたこと。気力体力があるうちにと思って決断した。ロンドンには過去2回行ったことがあるが、映画などで見るイギリスの田舎の風景を体感してみたいと思った。昔から関心のあったマン島TTレースの舞台を訪ねられるというのも魅力だった。

ところが、出発の40日前の5月11日、ひさしぶりにぎっくり腰になってしまい、無理に山歩きをして悪化させてしまったこともあり、完治しないまま当日を迎えることになった。 何とかなるだろう。

以下、私なりに感じたことを中心に、旅のあれこれをまとめてみるので、よろしかったらお付き合いください。
全体の行程は、以下の通り。7泊9日の旅である。


●1日目・・・6月21日

早朝に成田空港に集合。添乗員を含め、総勢9名。バイクは6台。自分が最年長に違いないと想像していたが、なんと70歳以上が3人もいる。
まわりから見ると老人ツアーである。

飛行機は大韓航空なので、ソウル郊外の仁川空港で乗り継いでロンドンに向かう。
この空港は、東アジア有数のハブ空港らしく、さすがに規模が大きく、施設も立派。
空港内では、昔の武人のような装束の人たちが剣舞などを演じて回っている。なかなか見ごたえがあり、しばらく見入ってしまった。
国の表玄関で自国の歴史や文化を紹介するこうした試みはアリだと感じた。余裕があれば、日本でも、全国の空港でデモンストレーションをやってみれば良いのに、と思った。そういえば、ハワイに行くと、フラダンスで迎えてくれる。
日本人は積極的にアピールすることが苦手なのか、必要ないと思っているのか、こんな所で負けていると感じた。



仁川空港からロンドンのヒースロー空港までは11時間以上。
入国審査に時間をとられると心配していたが、最近自動化されたようで、申請書類もなく、機械にパスポートをかざして写真を撮られて終わり。
列に並んでいた時間を含め、15分程度で完了した。
ところが、そのあと、迎えの車が遅れ、宿に到着したのは午後9時近く。
ロンドン郊外にあるもうひとつの空港、Gatwick空港そばの小さなホテル、ちょうど夏至の頃なので、この時間でも外は明るい。



●2日目・・・6月22日

時差の関係で早朝に目覚めたら、快晴の青空。
先週は雨が続いていたので案じていたが、晴れると湿度も低く、空気がさわやか。
下の写真はホテル前の街並み。緑が多く、鳥たちが飛び交い、あちこちからさえずりが聞こえる。街は静かでいい感じ。
そうか、今日は土曜日なんだ。



タクシーに分乗して30分以上走り、レンタルバイクのお店に到着。
トライアンフ2台、BMW2台、モトグッチ1台、私は手前に写っているホンダCBF600。
もっともシート高が低いことを期待しての選択だったが、またがってみるとつま先立ちに近い。4気筒で重量があり、これが悲劇を繰り返すことになる。



なんとか走り出して、しばらくは伴走する4輪に続いて田舎道を走る。
左側通行なので走りやすいが、日本のような信号のある交差点が少なく、ほとんどがRoundaboutと呼ばれるロータリー。
さっそく高速道路に乗るロータリーで車列が分断され、最後尾を走っていた私ともう1台は、先行する人たちを見失ってしまった。
M24というロンドン環状高速を西へ向かうはずが、どうも逆の東に走っているらしい。
路側帯に停車して添乗員に電話したところ、次の集合場所であるSAで待っているから、どこかでUターンしてきてくれとのこと。



ここで説明しておかなければならないのだが、イギリスの高速道路は大部分が無料。アメリカと同じだ。知らなかった。
ただ、アメリカの高速は、市街地を離れると信号はないものの一般道路とあまり区別がつかない感じで、気軽に出入りすることができるが、イギリスの場合は日本と同じく閉鎖された空間になっており、インターで一般幹線道路に乗り換えるジャンクションがあるだけで、いわゆる出口というものが見当たらない。
この違い、うまく伝わるだろうか。
日本のように出口を見つけて外に出て入り直せば逆方向に走れると思ったが、それが出来ず延々と逆方向に走り続けてしまった。
ようやく状況を理解し、ジャンクションから一般道路に出て、ロータリーを使って逆向きに拘束に入り直すのに30分以上かかってしまった。
上のマップの点線が無駄に往復した部分だ。
というわけで、集合場所のSAに着いたら、みんなは待ちきれずに出発した後。交代でトイレを済ませ、ちょっとだけ施設を覗いてみた。



ここでまたアメリカとの違い。
同じ無料でも、アメリカの高速には、トイレやベンチだけ設けてあるRest Areaはあるが、日本のような飲食物販やガソリンスタンドがそろっているService Areaに該当する施設にお目にかかったことはない。私の知る限りの話なので、まったくないとは断言できないが、あったとしてもごく一部だけなのではないかと思う。
要するに、食事をとったり、買い物をしたり、給油したければ、気軽に高速を出て、一般道路脇の施設を利用すれば事足りるという感じだ。宿泊施設も同様、 MOTELは無数にある。

ところが、イギリスの高速は厳格に閉じているので、日本と同じような施設がある。サービスエリアという名前ではなく、Serviceseという名前で道路脇に表示が出ている。
上の写真は最初に立ち寄ったCobihamというSAの施設内の写真。日本とよく似ている。しかし、決定的に違うのは、必ず宿泊施設があること。
今回の旅行中、数か所のSAに立ち寄ったが、例外なくMOTELかHOTELがあった。
下は、最初にCobihamというSA内にあったDays Inn。アメリカ中にある有名なMOTELチェーンだ。パンフレットを見たら、イギリスだけでなんと600軒以上もある。



イギリスの高速道路はMotoe Wayと呼ばれ、M1とかM25のように番号が付いている。一般道路はAという記号と数字が付いている。
ちなみに、 日本やアメリカの場合、高速道路関連の表示は緑色に統一されているが、イギリスでは白地の看板で他との区別がつきにくく、慣れないと見過ごしてしまいがち。ロータリーの標識もそうだが、アルファベットだけで書かれている内容を一瞬で読み取るのは難しい。
漢字を使う日本のありがたみを痛感する。
下は、バイクのレースで有名なドニントンパークに隣接するSAにあったTravelodge。これもアメリカ中にある有名なMOTELだ。
途中、シルバーストーンやミルトンキーンズなどの地名標識が目に入る。イングランドはモータースポーツファンにはワクワクするような場所なのだ。



そんなこんなで300km以上を走り、夕方6時頃に今日の宿泊地、ノッティンガムに到着。
歴史のある街のようで、お城を中心に赤レンガの建物が連なる落ち着いた品の良い雰囲気。



早めに着いたので、街中を散歩し、イングランドで一番古い(1189年開業、元はInn)というパブで夕食。
店の名前がすごい。「エルサレムへの道」。十字軍の宿だったのか?
みんなは地ビール、飲食に興味のない私はコーラにフィッシュ&チップス。
意外においしかった。



2019年6月20日 「キャッシュレス化」について
また、半年も空いてしまった。あと10日で決算日、今期も終わりだ。

ところで、先日5月18日の朝日新聞に以下のような拙文が掲載された。



3年前、「民泊」についての意見が掲載されたことがあり、その後、「旅館業法」の改正に当社からの要望が反映される成果につなかった。
しかし、今回は何の反応もない。
「キャッシュレス化」の狙いのひとつは、地下経済の資金洗浄や脱税の防止にあるようだが、この点はあまり語られない。メディアもほとんど伝えない。
お金の使い方というプライバシー情報のかたまりが可視化されることへの気味悪さも問題視されることは少ない。
「自分は、人に知られて困ることはない。神経質になっているのはやましいことがある人でしょ?」なんて無邪気に構えている人ばかりなのか。
最初の原稿では、そんなことにも触れていたが、スペースの関係で削られてしまった。
みんな、なんとなく流されるだけで、ほんとにいいんですか?
 
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「旅籠屋主人のベンチャー日記」 (雑誌「戦略経営者」連載)はこちら